ベッカムが放つ稀有なスター性 奇跡を呼んだ“魔法の右足”と「愚か者」からの復活劇

空前の“ベッカム・フィーバー”となった2002年日韓W杯。イングランド代表は全5試合を日本で戦った【写真:Getty Images】
空前の“ベッカム・フィーバー”となった2002年日韓W杯。イングランド代表は全5試合を日本で戦った【写真:Getty Images】

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 イングランドが生んだ“貴公子”であり、鮮やかな放物線を描くアーリークロスとフリーキック――。デイビッド・ベッカムは、1990年代後半から2000年代前半のサッカーシーンにおいて、その美しい軌道とは対照的なまでに激動のキャリアを歩んだ。

 ベッカムは1975年にイギリスの首都ロンドンの近郊で生まれた。イングランドの、そして世界中を見渡しても名門として知られるマンチェスター・ユナイテッドとプロ契約をしたのが93年1月。ベッカムが18歳になる4カ月前のことだった。そして、95年4月にプレミアリーグでデビューを果たした。

 名将アレックス・ファーガソン監督は、ポール・インスなどの名選手がクラブを去っていったこの時期、ベッカムに加えてギャリーとフィリップのネビル兄弟やポール・スコールズ、ニッキー・バットといった次代を担う若手をチームの屋台骨に据えた。

 96年には、ベッカムは名門の背番号「10」をつける。開幕戦では、ハーフウェーライン付近からの超ロングシュートを決めてその名を轟かせた。しかし、その若武者が世界的に稀有な才能を持っていることが広まっていくのは、97年夏にエリック・カントナの引退を受けて、クラブにとって特別な背番号「7」を受け継いでからだった。

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