ベッカムが放つ稀有なスター性 奇跡を呼んだ“魔法の右足”と「愚か者」からの復活劇

23歳で1998年フランスW杯に出場も、アルゼンチン戦の退場により猛烈なバッシングを浴びることに…【写真:Getty Images】
23歳で1998年フランスW杯に出場も、アルゼンチン戦の退場により猛烈なバッシングを浴びることに…【写真:Getty Images】

98年W杯敗退で大バッシング 「10人のライオンと1人の愚か者」

 その頃のベッカムは、1996年の欧州選手権を終えたイングランド代表にもコンスタントに招集されるようになっていた。甘いマスクは女性ファンを惹きつけ、男性ファンからは妬みの対象にもなる。そうしたなか、ベッカムがイングランドにおいて決定的な“悪者”になったのが、98年のフランス・ワールドカップ(W杯)だった。

 決勝トーナメント1回戦でアルゼンチンと対戦したイングランドは、前半を2-2で終えた。しかし、後半開始直後に「事件」が起きる。

 ベッカムが中盤でパスを受けた時、相手のMFディエゴ・シメオネが激しいチャージでベッカムを倒した。そしてそのはずみを利用しベッカムの背中を手で押さえつけた。ホイッスルが鳴り、倒れ込んだままのベッカムが右足を跳ね上げてシメオネの太腿を蹴ると、百戦錬磨のシメオネは大袈裟に顔をしかめて転倒する。その全てが、イエローカードを手にシメオネに寄ってきた主審の目の前で起きた。直後、その手はレッドカードをベッカムへ向けた。

 結局、10人になったイングランドはこのゲームをPK戦の末に敗れる。ベッカムに待っていたのは、容赦ないバッシングの嵐だった。英紙「デイリー・ミラー」が記した有名な一節が「10人のライオンと1人の愚か者」というもの。“スリー・ライオンズ”の愛称を持つイングランド代表の中で、愚かと名指しされた対象は明らかだった。

 さらに翌年、ベッカムは有名グループ「スパイス・ガールズ」のヴィクトリア嬢との結婚を発表する。これによって、さらに多くのファンを敵に回した。華やかな芸能界との関係が深くなることは、後に批判から庇い続けてくれた名将との関係悪化を招くことにもつながっていく。

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