Jクラブ争奪戦も…大怪我に呆然「ここでこうなるか」 進路未定も決意「覚悟を決めて」

法政大学の相澤デイビッド【写真:安藤隆人】
法政大学の相澤デイビッド【写真:安藤隆人】

法政大学の相澤デイビッド「来ないケースも想定していたので、本当に嬉しかった」

 1月25日、新潟市内で日本文理高校サッカー部が主催する「Jリーガー相澤兄弟 激励会」が行われた。

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 壇上には196センチ、94キロという圧倒的なフィジカルを持った日本文理高出身のFW相澤デイビッドが立ち、多くの関係者から祝福と激励を受けた。デイビッドは現在、法政大学の4年生で2026年からヴィッセル神戸入りが決まっている。

“相澤兄弟”と記しているように、デイビッドの3学年上の兄である相澤ピーターコアミは栃木シティの守護神として昨年J2昇格に貢献。今季も同クラブでプレーする。この日、ピーターコアミはキャンプのために不在だったが、その分、デイビッドが主役として堂々たる立ち振る舞いを見せた。

 この式典の後、大役を務めたデイビッドに今の心境とこれまでとこれからについて聞いた――。(取材・文=安藤隆人/全2回の1回目)

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 昨年11月、相澤のJ1・ヴィッセル神戸入り内定が発表された。

 圧倒的なフィジカルを持ち、驚異的なバネとスピードを持ってポストプレーだけではなく、裏抜けの質もシュートの質も高い大型ストライカーは、昨年の関東大学サッカーリーグ2部で開幕から7戦4ゴール、天皇杯予選でもチームを勝利に導くゴールを決めて幸先の良いスタートを切った。

 大きくて、動けて、かつ仕留められる規格外のストライカーは、大学3年までは法政大のなかでも思うように出番をつかめていなかったが、そのスケール感とポテンシャルに多くのJクラブが熱視線を送っていた。

 そのなかで昨年春の活躍でその熱が一気に高まり、複数クラブの練習に参加をしていたが、5月末に右膝前十字靭帯断裂という大怪我を負ってしまい、残りの大学サッカーをプレーできないまま終わった。しかし、それでも神戸は継続して追いかけ続け、9月には正式オファーを提示してくれた。

「少しうまくいきはじめた時期だったので、『ここでこうなるか』とかなりショックは大きかった。でも、それ以上に早く治さないといけないと気持ちを切り替えました。まだ進路が決まっていない状態だったので、『どこでも良いからJに滑り込んで、そこからどんどん上に行こう』と覚悟を決めていました。そのなかでヴィッセルからオファーをいただいたときは、正直来ないケースも想定していたので、本当に嬉しかったので即決しました」

 今はボールを蹴り始めているが、まだ完全復帰とはなっていない。だが、相澤は明確なビジョンを持って毎日に取り組んでいる。

「復帰してプロサッカー選手としての一歩を踏み出してから自分がどうなっていきたいのかを想像しながら準備をしています」

 法政大では前述したとおり、4年間でスタメン出場をした試合はわずかで、ベンチスタートやベンチ外で見つめる機会が多かった。だが、苦しい状況でも自分の成長に対してポジティブかつ勤勉な姿勢を貫いてきた。

「ベンチ外のときはむしろ冷静に試合全体を見ることができますし、同じポジションのライバルや対戦相手のプレーも見ることができます。そこでどんなプレーをしているのか、自分が取り入れるべきプレーはどれかをイメージしながら試合を見ていました」

 この姿勢は日本文理高校時代から持っていた。高校1年生の秋にトップチームに昇格すると、トップの先輩たちのプレーを見て真似をしたり、自分でアレンジをしたりと工夫することが日常になった。

「僕はサイズや身体能力があることは分かっていたのですが、そこに頼るプレーをしていたら先はないと思っていたんです。僕が憧れたというか、なりたいなと思ったのは『うまい選手』であり、『良い選手』。自分がそう思った選手は一体何がうまいのか、何が良いのかを考えるようになって、その分析結果を自分なりに落とし込むようになりました」

 高校3年生になるとチームの絶対的エースストライカーに成長し、対空時間が長く、相手DFより頭2、3つ抜け出したヘディングシュートは全国でもトップレベルと言っていいものになった。

 個人的に特大インパクトを受けたのは、選手権予選準決勝の帝京長岡戦で見せた驚異的なヘディングシュートだった。自陣からのロングボールにトップスピードで抜け出すと、飛び出してきたGKの遥か頭上を超えるジャンプをして、後ろから来たボールをダイレクトでゴールに押し込んだ。この試合で敗れて、悲願の全国大会出場は叶わなかったが、このヘッドは圧巻という言葉では収まりきらないほど、スピード、パワー、バネ、空間把握能力をハイレベルでひっくるめたすさまじいゴールだった。

 高校3年間で成長したのはヘッドだけではない。オフ・ザ・ボールの動きでマークを外して縦パスに抜け出してテクニカルなシュートを突き刺したり、うまく身体を当てて相手の動きを封じ込めてから動き出したりと、駆け引き面でも大きく成長をした。

 高卒プロには至らなかったが、この底知れぬポテンシャルを大学サッカー界の名門・法政大学が見逃さずに、熱烈なオファーを受けて進学につながった。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

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