“無名”FW食野、スコットランドで驚きの“王様”デビュー 知日家コーチ「年間15点」を確信

オースティン・マクフィー助監督【写真:Getty Images】
オースティン・マクフィー助監督【写真:Getty Images】

前半に緊急出場、システムを4-2-3-1へ変更して“トップ下”で起用

 結果的にギャンブルは成功した。食野のデビュー戦を、この目でしっかりと見届けることができたのだ。

 試合前日に日本からスコットランド入りしたという経緯からして、試合に出たこと自体が驚愕だったが、実際に21歳の日本人FWがピッチに入ると、その驚愕は衝撃に変わった。

 前半31分、この試合4-3-3の左ウイングで出場したユアン・ヘンダーソンが負傷したこともあったが、この時点でレベイン監督は迷わず食野の投入を決めた。

 この交代の場面も非常に面白かった。

 食野はこの2、3分前の前半28分頃にピッチ脇でウォームアップを始めていた。日本人FWがベンチを飛び出すと場内に割れるような拍手と大観衆が巻き起こり、走り始めた食野が思わずのけぞるようなリアクションを見せた。ヘンダーソンが倒れたのはその直後、食野がエンドラインの向こう側、ゴール脇のスペースでストレッチを始めた時だった。

 マクフィー助監督が、ベンチ前から大声で“リョウ”と何度も叫ぶ。しかし、ゴール脇まで離れた食野の耳には届かない。

 本人も試合後、この時間帯での交代については「全く想定外。後半のどこかからというつもりで準備していた」と話していたが、隣で並んでストレッチをしていた同僚選手に肩を叩かれ、そこでやっと自分が出場することに気が付いたのだ。

 しかし出番だと分かると、脱兎の如くベンチに駆け戻り、素早く準備を済ませて、待ちきれないとばかりにピッチへ走り込んだ。

 そしてここでまた、驚愕の事態が起こった。

 4-3-3の左ウイングが負傷交代したのだから、そこに食野が入るのだとばかり思っていた。しかし、その位置には先ほどまでインサイドハーフにいた8番のショーン・クレアがいる。そして食野はというと、なんとトップ下にいるではないか。しかもフォーメーションを4-2-3-1に変更しての“王様待遇”だった。

森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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