マジョルカ在住記者が追った「久保建英の1年」 同僚との“雑談”に見えた日本人離れした能力

揺るぎない久保の“流儀”、選手としての限界点はまったく見せていない

 その慣習に風穴を空けるという意味では、久保の行動は現場レベルでは大きなインパクトだった。事実、マジョルカでの比較対象は主に大久保嘉人(現・東京ヴェルディ)が所属した2004年から06年、家長昭博(現・川崎フロンターレ)がいた11年の話。そこから状況は大きく変化している。テレビや新聞報道が情報のすべてだった当時から、現在は新たなメディアがあり、クラブや選手自身もソーシャルサイトで直接ファンにメッセージを送ることが可能で、既存メディアに依存する必要はない。

 それでもメディアの前に立ち、そのたびにスペイン語と日本語で対応したのは、久保自身のバランス感覚と推測できなくもないし、今後日本人選手がチーム内で「お客さん」ではなく、「選手の中の1人」になるための助けになるのかもしれない。

 以上、2点について検証してみたが、少なくともマジョルカでは久保の“選手としての限界点”は、まだまだ分からないというのが実情だ。次のステップでさらなる成長が期待されるが、今後もこうした久保の“流儀”が、その根底にあり続けるのは間違いないだろう。

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(島田 徹 / Toru Shimada)


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