「異端」から「一強」へ 8連覇バイエルン、伝説の“皇帝”らが築いた強者の礎

「ドイツ代表=バイエルン」のイメージも確立

 地元で開催されたU-14の大会で、ベッケンバウアーの所属するクラブが決勝で1860ミュンヘンと対戦した。ベッケンバウアーをはじめ数人が1860ミュンヘンのユースチームに移籍する予定だったのだが、この決勝でベッケンバウアーは試合中に相手選手から平手打ちを食らった。怒ったベッケンバウアーは、1860ミュンヘンではなくバイエルンを選んだ。もし、些細なハプニングがなければ、バイエルンと1860ミュンヘンの立場は、現在とはまた違っていたかもしれない。

 1970年代の最初の黄金時代のバイエルンは、リベロのベッケンバウアー、中盤のウリ・ヘーネス、CFゲルト・ミュラーの縦のラインが強力で、この3人による中央攻撃が特徴だった。サイド攻撃が主流だったドイツでは異質なサッカーであり、当時もずいぶん批判されたのだが、ベッケンバウアーたちは「ゴールは中央にある」としてスタイルを変えなかった。ゴールが中央にあるというより、異能のゴールゲッターであるミュラーが中央にしかいないという事情だと思うが、華麗なパスワークはドイツ的というよりラテンの香りさえ漂わせていたものだ。

 1974年西ドイツ・ワールドカップ(W杯)はバイエルンのホーム、ミュンヘン・オリンピアシュタディオンで決勝が行われ、バイエルンの選手が6人も先発しているので、バイエルンがW杯で優勝したような印象すらあった。その後もバイエルンはドイツ代表の中心メンバーを輩出し続けていて、ドイツ代表=バイエルンのイメージなのだが、もともとドイツの中では異端のクラブだった。それが勝ち続けるうちに異端から特別になり、現在の一強状態に至っている。

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西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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