15歳で単身スペイン挑戦 “雑草魂”のゲームメーカー、無名から2部Bに辿り着けた理由

アーロ・デポルティボMF吉村祐哉【写真:Ricardo Donezar Perez/Haro Deportivo】
アーロ・デポルティボMF吉村祐哉【写真:Ricardo Donezar Perez/Haro Deportivo】

【吉村祐哉インタビュー|前編】中学進学時に東京Vユースなどセレクションを受けるも不合格

 育成大国スペインで、下部組織からセグンダB(3部相当)まで上り詰めた唯一の日本人選手がいる。今年9月にアーロ・デポルティボと契約したMF吉村祐哉だ。かつては地元のクラブでCチーム生活に甘んじ、日本でも名前の知られていない存在だったなかで、中学卒業と同時にスペインへ留学。街クラブから自らのプレーで道を切り開き、バルセロナBの日本代表MF安部裕葵と同じステージまで一歩ずつ這い上がってきた、“不屈のゲームメーカー”の挑戦に迫る。

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 東京都出身の吉村がサッカーを始めたのは4歳の時。「ずっと遊んでいたいくらい活発でした」という少年に、幼稚園が終わった後に行われていたサッカースクールの光景が眩しく映った。

「帰るバスを待っている時に楽しそうだなと思って、母親に伝えたんです。ただ、スクールで残ると送り迎えが必要になってしまうので、何回も断られました(笑)。でも、ある日、自分で園長さんに申し込み用紙をもらいに行って、母親に渡したら(必要事項を)書いてくれて、念願叶って始められた感じです」

 同じレフティーの元日本代表MF中村俊輔(現・横浜FC)、元フランス代表MFジネディーヌ・ジダン(現レアル・マドリード監督)に憧れた吉村は、ゲームを落ち着かせ、散らしていくゲームメーカーの役割に楽しみを覚え、トップ下を主戦場に、ボランチ、サイドハーフもこなした。

 しかし、自分のプレーに自信を持っていた一方で、待ち受けていた現実は厳しかった。ジュニア時代を過ごした杉野百草SSは中学生のカテゴリーもあったなか、中学進学にあたって東京ヴェルディユースなど様々なセレクションを受けるも不合格。最終的にクラブチームのFC多摩を選んだ。

「ジュニア時代、ヴェルディのスクールにも入っていました。小学4年生の時にヴェルディの選抜セレクションがあったんですが、当時は杉野百草SSのサッカーが好きだったので受けなかったんです。一緒にやっていた子たちは、みんな合格していました。僕は6年生の時に受けて落ちてしまって、もう遅かったなと。その時、一学年下に渡辺皓太選手(現・横浜F・マリノス)がいた記憶はあります」

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