周りからの視線「昇格は難しいのでは」 ネガティブな声も…貫きたい“エゴ”「クビを切られるのは監督」

百年構想リーグで不調もブレなかった覚悟
2026年J2・J3百年構想リーグ、EAST-Aで4位という結果になった須藤大輔監督体制の横浜FC。同じJ2のベガルタ仙台、ブラウブリッツ秋田、湘南ベルマーレが1~3位を占めたこともあり、「26-27シーズンのJ1昇格は難しいのではないか」といったネガティブな目線を送られたのも事実だ。
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「自分を取り巻く多くの人から『大丈夫?』と心配されたのは事実です(苦笑)。でも僕の中では薄皮を1枚1枚積み重ねている感はあったので、自分が目指すサッカーを信じてやり続けてくれた選手・スタッフには心から感謝しています」
かたや、チーム作りにおいて直面した苦労を須藤監督は神妙な面持ちでこう話す。
「横浜FCは2022~25年途中まで四方田さん(修平監督=現大分)がチームを作ってきたことは周知の事実ですし、僕とはある意味、真逆のスタイルだった。その針を大きく振り切るのはそこまで難しくなかったですけど、一番難しかったのはマインドのチェンジ。横浜という大都市の恵まれた環境にあるクラブということで『これで満足』というムードがあり、それを払拭しガツガツした集団に変えていくのはそう簡単なことではないんです」
確かに彼がそれまで率いたガイナーレ鳥取、藤枝MYFCは地方にあるクラブだった。藤枝の場合は、日本屈指のサッカーどころのクラブであり清水エスパルスとジュビロ磐田という名門に挟まれた場所に本拠地を構えるものの、後発で資金力もそこまで大きくはなかった。鳥取・藤枝に比べると横浜FCは大都市にあり、2025年度のクラブ売上高が33億と、藤枝の約3倍だ。もちろん同じ神奈川県に横浜F・マリノス、川崎フロンターレ、湘南がいるが、横浜FCも一定の地位を確立している。「もっと上へ」という機運が生まれにくい環境にあるのは確かだろう。
「だけど、僕って真逆な人間なんですよね(笑)。『もっといいものを掴みたい』『もっと面白いことをやりたい』という気持ちが強いんです」。須藤監督はあまのじゃくな性格を自覚している様子だ。
自身が掲げた「インプレッシブサッカー」を具現化するために、今年の百年構想リーグではトライ&エラーを繰り返した。横浜FCは18試合を戦って総得点34を叩き出し、これはEAST-Aでトップ。そこは四方田監督時代と一番異なる点だろう。
「ボール保持率、ゴール期待値という部分を僕自身は一番大事にしていました。その結果、得点数は増えましたが、ゴール期待値が3点台になった試合で1点を取れなかったりと、『ホント、最後のところで決めれば勝てるよね』という試合が続いた。逆に前がかりになりすぎて、複数失点してしまうこともあり、攻守両面で突き詰めることが多々あるなと感じた半年間でした」と指揮官は理想に近づく大変さを再認識したという。
それでも、人々を魅了するサッカーで結果を出したいという須藤監督の思いはとどまるところを知らない。その原点と言えるのが、ヴァンフォーレ甲府がJ1初昇格した2005年の経験だ。当時の甲府は大木武監督(現愛媛FC)がチームを率いており、倉貫一毅(レノファ山口コーチ)や藤田健といった技巧派が中盤を形成。流れるようなパスワークが観る者を釘付けにした。
そして、荒削りのブラジル人FWバレーがブレイクした。当時、大木監督は「バレーはいいこともするけど、何をするか分からない面もある。そんな選手を中心にしてどこまでやれるのかが面白い。プレーという言葉は遊びという意味。楽しいサッカーを90分間しっかりやって勝てればそれが一番いい」と筆者のインタビューで語ったことがある。須藤監督はそんな“大木スタイル”を心からエンジョイした1人だったのだ。
須藤監督は現役選手だった20年前に思いを馳せた。
「僕は2003~07年まで甲府にいましたけど、移籍した当初は小瀬(スポーツ公園陸上競技場=JITリサイクルインクスタジアム)に300人くらいしかお客さんがいなかったんです。それが勝っていくにつれてどんどん人が増えてきた。柏レイソルと戦った05年のJ1・J2入替戦は超満員。資金力的に6倍も差のある相手に勝って昇格したんですが、『こういうふうにお客さんが集まるのって、自分たちがやっているサッカーが面白いからなんだよね』と強く思いました。
当時の自分はバレーと交代で出ることが多いFWでしたけど、あれだけボールをポンポンつなぐサッカーは本当にやっていて楽しかったし、万人受けするなとも感じた。もともとパスワーク主体のサッカーが好きでよく見ていましたし、『いつかこういうサッカーで勝ちたい』という夢も抱きましたね」
大木監督は「サッカーはエンターテインメント」という信念を貫き続けているが、須藤監督もそのフィロソフィーを大事にして、クラブを成長させたいと考えている。百年構想リーグも快進撃を見せられたわけではなかったが、そこでブレていたら何も始まらない。そんな覚悟を持って、今夏のプレシーズンを過ごし、夏開幕の新シーズンに向かっていった。
「結果が出なければ疑心暗鬼になることもある。それは誰でもそうだと思います。でも、それに負けていたら監督という職業には就けない。結局、クビを切られるのは監督だから、多少なりともエゴは通し続けないといけない。それでダメだったら自分に力がないだけ。そう割り切って、誰も登ったことのない山に食らいついてやろうと。そんな野心を持って、今季開幕を迎えました」と須藤監督は力を込める。
百年構想リーグでの模索がプラスに働いたのか、横浜FCはテゲバジャーロ宮崎、磐田との序盤2戦で勝ち点6をゲット。期待の持てるスタートを切った。奇しくも大木監督が指揮したロアッソ熊本時代に大きな成長を遂げた新戦力・島村拓弥も活躍。選手個々が持ち味を出しつつある。“須藤大輔色”が徐々に出始めているのは間違いない。(第4回に続く)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。























