“新興勢力”を牽引する日本人 中盤で存在感を発揮も…代表は「良さを出し切れない」

強豪チェルシー・ウィメン戦にフル出場したLCライオネス・熊谷紗希
ロンドン・シティ・ライオネスは、やはり従来の昇格チームとは違う。そう感じさせる一戦だった。試合後、2ボランチの一角で先発フル出場の熊谷紗希も、「トップ4に対して今日の試合が一番、自分たちの手応えを感じられた」と言っていた。
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11月1日に行われた、スタンフォード・ブリッジでのウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)第7節チェルシー・ウィメン戦。リーグ首位から、敵地で金星を挙げたわけではない。結果としては、昨季トップ4勢との4試合目で、4敗目を喫している(0-2)。
ただし、熊谷が「だいぶやられていますけど」と苦笑した、過去のWSL強豪戦のような負け方ではない。開幕節アーセナル・ウィメン戦(1-4)、第2節マンチェスター・ユナイテッド・ウィメン戦(1-5)、第4節マンチェスター・シティ・ウィメン戦(1-4)に続く、大敗の再現は起こらなかった。
WSLでは、2年連続で昇格チームが即降格の運命を辿っている。昨季最下位のクリスタルパレス・ウィメンと、一昨季のブリストル・シティ・ウェイメンは、同じアウェーでのチェルシー戦で、それぞれ4失点と8失点を喫して葬り去られていた。
国内女子サッカー界の新興勢力を自負するLCライオネスにとって、WSL6連覇中のチェルシーに挑む今節は、開幕以来最大の“テスト”とも言えた。そのチェルシー戦で、昇格を果たした昨季から主軸である日本人DFの言葉を借りれば、「ここまで2か月、進み続けてきた結果」が確認されたのだ。
追う展開を余儀なくされたのは、前半6分。敵の右ウイングバックとして先発していた、オーストラリア女子代表SBエリー・カーペンターに、逆サイドから届いたボールをノーマークの状態でミートされた。チームとして、格上を相手に慎重な立ち上がりを期していたことは想像に難くない。つまり、戦前のプランが開始早々に崩れてしまったわけだ。
しかしながら、以前のように守備の崩壊には至っていない。その背景には、システムの変更と、熊谷のポジション変更がある。3-4-1-2から4-2-3-1を経て、4-4-2に落ち着いたのは第5節リバプール・ウィメン戦(1-0)。最終ラインの中央から、持ち場を1列上げた熊谷は、続くウェストハム・ウィメン戦(1-0)でも中盤の中央で起用され、チーム初のWSL戦2連勝に貢献している。
チャレンジできた後ろからつなぐ自分たちのサッカー
中盤コンビの相棒は、今夏に加入した即戦力の1人であるグレイス・ゲヨロ。8番タイプのフランス女子代表MFとの役割分担は明瞭だ。熊谷自身も言っている。
「自分があそこに置かれている理由は、凄く理解しているし、これだけサイド(からの攻撃)が強烈で、実際に相手がサイドから(攻めて)くる時には、ディフェンスラインに落ちてプレーするというところは、今日も言われていたので。やることがはっきりしているなかで、そこは仕事ができていたかなと」
熊谷が、サンディ・ボルティモアのスルーパスをカットしたのは前半18分。左ウイングバックで先発し、チェルシー先制のきっかけも作っていたフランス女子代表は、序盤戦で最も厄介な選手だった。
その数分前には、相手FWアギー・ビーバー=ジョーンズと対峙しても突破はさせず。前半終了間際、低重心で馬力のある相手MF、エリン・カスバートがゴールを背にしてパスを受けた場面でも、素早く距離を詰めた熊谷は、前を向かせることなく対処していた。
失点後も大崩れのなかったLCライオネスには、前半の段階で同点のチャンスも訪れていた。絶好機は、同39分の一場面。イソベル・グッドウィンが、ボックス内で照準を定める時間もあった状況下で吹かしたシュートは、イングランドU23女子代表FWの若さが出てしまった格好だ。
それでも、熊谷は言っている。
「あれだけチャンスを作って、どれもが決定的なものではなかったでしょうけど、やっぱり自分たちがボールを運べて、高い位置でボールを持つ時間帯もあったという意味で、少し自分たちの時間も出せたかなと思っています」
その「時間」が、後ろからつないで組み立てた時間である点も、CLライオネスが、並みのWSL1年生ではない証拠だ。
チェルシーは、前からのプレッシングも激しい。その餌食になるリスクを取った勇気は、特筆に値する。実際、後方ビルドアップ失敗が敵の枠内シュートを招くまでに、試合開始から2分と経ってはいなかった。にもかかわらず、ジョセリン・プレシュール体制2年目のチームは、ロングボールに逃げようとはしなかった。
「それはもう本当に、監督がチームに話しをしたというか、90分間守るようなサッカーではなく、自分たちのサッカーをチャレンジしにいこうというのが、今日のテーマでもあったので。向こうが、それを理解してハメてくるので、難しいところ、前進できないところはありましたけど、チャレンジはできたのかなと思います」
修正を重ね次への意味を見出す
そう説明する熊谷にとっては、もう1つのチームも、監督が求める戦い方に取り組んでいる段階だ。昨年12月からニルス・ニールセン監督が率いる日本女子代表は、10月の欧州大陸遠征でも、イタリアとノルウェーを相手に引分け(1-1)と零封負け(0-2)。ボール支配などを含む内容に、結果が伴わない試合が続いている状況を尋ねると、経験も実績も豊かな「なでしこ」は、こう答えてくれた。
「監督のやりたいサッカーを体現しようとトライしている選手たちが、それは当たり前なんですけど、そのなかでもっともっと、行けるところと行けないところを含めて、(チームとして)合わせていかなきゃいけないと思ったのが正直な感想です。今回の合宿、これだけ素晴らしい日本人選手たちがいて、『個』の良さを十分に出し切れない試合になってしまったなと思っているので、個々の良さをもっと生かしていかないと。そこはもう1つ、チーム戦術のなかで出していけるような努力をしていかなきゃいけないと思っています」
LCライオネスも、非常にレベルの高い選手が揃っている。トップリーグでの修正と進化が継続されれば、例えば、この日は守備への加勢に忙しかった、スウェーデン女子代表FWコソバレ・アスラニが、強豪戦であっても、前線のキープレーヤーとして存在感を発揮できる日も遠くはないだろう。
チェルシーとの初対決は、後半アディショナルタイム4分に止めを刺されて終わる。原因は、ディフェンシブサードでの味方のコントロールミス。終盤に相手ベンチを出ていたオーストラリア女子代表CFサム・カーに、無人のゴールへとシュートを放り込まれた。
だが、それまでは、選手層の厚さもWSL最高レベルの敵に追加点を許さず、同点を狙い続けることができていたチームが、この日のLCライオネスでもある。
自らも、後半43分に相手CKをヘディングで跳ね返し、その2分後には逆に敵のクリアボールを拾ってチャンスにつなげていた熊谷。試合終了後、チーム全員での円陣を終え、先頭に立ってアウェーサポーターたちの労をねぎらいに足を進めた実力者は、こう言ってWSLでの“テスト会場”を去っていった。
「もっと守備としてやらなきゃいけないことはあるとは思いますけど、開幕から、たくさんの失点をしながらここまで来て、少しずつ修正はできているのかなと思っています。この負けから何を、どこに意味を見出すかというところが次につながるのだと思うし。トップ4に食い込みたい戦いというか、自分たちが食い込むためには勝ち点を落とせない戦いが、ここから始まるので」
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。





















