審判批判は罰金が必要? 日本では否定的…レフェリーの環境改善が鍵【コラム】

【写真:高橋 学】
【写真:高橋 学】

審判批判に罰金制度を設けると「審判とチームとの信頼関係が壊れる」

 アジアサッカー連盟(AFC)は6月28日、横浜F・マリノスのハリー・キューウェル監督がAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝後のインタビューと記者会見で判定を批判したとして、2万ドル(約320万円)の罰金を科した。

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 このニュースを聞いて、日本の審判たちも思ったのではないだろうか。記者会見で審判批判をした監督たちからは罰金を取ったほうがいいと。

 日本のトップレフェリーの年俸は、スペインなどに比べて4分の1から5分の1と言われている。ばんばん罰金を取ってレフェリーの報酬に加えるようにすれば、見苦しい審判批判は収まるだろうし、収まらなければレフェリーの待遇が少しでも改善されてレフェリーになりたいという人が増え、優秀な人材が集まり、判定の精度が向上していくのではないか。

 ついでに、ベンチからレフェリーに文句を言っている人たちに対しても罰金を取るようにすれば、ベンチの暴言を聞きつけてやってくるレフェリーが収入アップになると思ってにこやかになり、雰囲気も良くなる。さらには警告や退場にもどんどん罰金を科すようにすれば、フェアな試合も増えていくはずだ。

 この素晴らしい案をトップレフェリーたちにこっそり打診してみた。ところが、残念ながら全員が否定的だった。「もしそういう制度になったら、きっと審判とチームとの信頼関係が壊れます」。かくして審判は文句を言われ続け、報酬は低く抑えられたままになる。

 だが罰金制度までもいかなくても、やはり日本の審判やジャッジが与えるストレスについて変えなければいけないのではないかと思うことはたくさんある。

警告や退場の理由は広く公表すべき

 その根本にあるのは、レフェリングの技術であることは確実だ。例えばEURO(欧州選手権)を見ていて気付くのは、審判の判断の速さだ。微妙な状況に両方の選手が「どっちのボールだ?」と思って審判を見る前に、もう判定が下されている。そのため選手たちのプレーへの集中が途切れにくい。

 日本でも西村雄一主審などは選手に対して説得力のある判定をするため、選手たちがすぐ次のプレーに移ることができる。もっとも、それは西村主審が独自の世界を作り出せるだけの経験を持つベテランであるからだとも言える。ヨーロッパのリーグを見ていると、若い主審が経験豊富なレフェリーのように裁いていく。ここは日本のレフェリーに取り組んでいってほしい部分だ。

 一方で、レフェリーを取り巻く環境を改善することで選手や観客のストレスを解決できる問題もあるのではないかと思う。

 例えば、警告や退場がどんな理由で出されたのかという情報を広く公表することだ。公式記録には警告や退場の理由が記載されているが、Jリーグの公式サイトでもJリーグデーターサイトでも見ることができない。

 警告の理由には、「【C1】反スポーツ的行為、【C2】ラフプレー、【C3】異議、【C4】繰り返しの違反、【C5】遅延行為、【C6】距離不足、【C7】無許可入、【C8】無許可去」という8種類があり、退場の理由には、「【S1】著しく不正なプレー、【S2】乱暴な行為、【S3】つば吐き、【S4】得点機会阻止(手)、【S5】得点機会阻止(他)、【S6】侮辱、【CS】警告2回」という7種類がある。

 これを公表することで、観客や解説者の誤解を解くことができる。例えばタックルして相手を倒した時に警告が出ると、普通は【C2】ラフプレーだと思うだろう。ところが映像を見るとちゃんとボールに触れていて、一見なんのファウルもないように見える。だが、そこで警告が【C1】反スポーツ的行為だったと分かれば、実はその前の手を使って相手の行く手を阻もうとしたということが分かるはずだ。

 フリーキックの時の【C5】遅延行為と【C6】距離不足はなかなか見分けがつかないので、これも公表されるといいのではないか。理想は警告や退場が出た時に、すぐ電光掲示板にどの理由なのか表示されることだろう。そうすれば誤解による不満は減るだろう。

サッカーが売っている商品は実は「ストレス」?

 ほかには、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)で使うカメラの解像度が上げられないのだろうか。VAR導入前は「ビデオ判定があればいいのに」という声が多くあったのに、ビデオ判定が導入されても「そうは見えない」とレフェリーは批判される。拡大していくと何が映っているのか分からないくらいの映像で、判断しなければいけないのはVARがかわいそうだ。この観客にとってもレフェリーにとっても起きるストレスは、技術的な問題で解決できるはずだ。

 そして、選手や観客のイライラが最も募る「時間稼ぎをしているのではないか」疑惑への対応も考えるべきだろう。

 負けているチームにとって、相手チームの選手が倒れると、たとえ本当に痛がっているにしても時間稼ぎをしているように見えるもの。選手も観客も焦りも相まってイライラが募る。そんな時、審判は「早く立たせろ」などと言われたり、選手同士が揉めるのを止めなければいけなかったりと、ストレスのお裾分けをしてもらっている。

 本当に痛くて転がっているのか、時間を進めるためにゴロゴロしているのかが分かると、選手、観客、レフェリーのストレスは軽くなる。例えばアメリカのメジャーリーグサッカー(MLS)で導入されているように、選手が倒れてメディカルスタッフがピッチに入った時、15秒を超えるとその選手はピッチの外に出なければならず、2分間はピッチに戻れないようにするのはどうだろう。これならば時間稼ぎの偽装負傷は減るに違いない。

 この2分間ルールは世界大会で採用されていない。そのため導入したらインターナショナルマッチでは感覚が違って不利になるのではないかという懸念も出てくると思う。だが、Jリーグはかつて「Vゴール」を先駆的に導入し、その面白さが世界的に「ゴールデンゴール」として採用された時期もあった。ここは2分間ルールを恐れずに導入し、サッカーの魅力をさらに多くの人に伝えることを優先してもいいはずだ。

 もっとも、ここまでいろいろな策を検討したが、本当にストレスを下げるのがいいのだろうかという点については考えていない。実はサッカークラブが売っている商品は「夢」ではなくて、「ストレス」なのかもしれないのだ。

 これまで「今週も負けるかもしれない」「今週こそ負けそうだ」と思いながらスタジアムに行き、「ああ! やっぱり!」と言っているファンの姿をたくさん見てきた。そして、その鬱憤を「あれはPKじゃない!」と転嫁することで消化している。これが正しい週末の過ごし方かもしれない。そう考えると……やっぱり罰金は止めてもらえませんか?

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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