三笘薫、冨安健洋も犠牲に…英プレミアで異例の故障者“激増” 異常事態が続く原因とは?【現地発】

三笘薫と冨安健洋が過密日程のなか負傷離脱【写真:Getty Images】
三笘薫と冨安健洋が過密日程のなか負傷離脱【写真:Getty Images】

選手の怪我は開幕3か月で196件、ハムストリング負傷は前年の約2倍

 プレミアリーグの年末年始は今季も過密スケジュール。クリスマス前の12月21日に第18節が始まり、新年1月2日に第20節を終えると、翌々日にはプレミア勢も参戦するFAカップ3回戦が始まる。例年どおり、“蹴走”と書いて「しわす」と読ませたい忙しさだ。

 しかし、第18節を前に142名を数えた欠場者(出場停止を含む)の多さは異例だ。日本では、浦和レッズの酒井宏樹が右膝半月板損傷の手術から驚異的な早さで復帰して間もなかった頃。イングランドでは、そのひと月ほど前から記録的な故障者増が騒がれていた。

「BBCスポーツ」の報道によれば、選手の怪我は開幕3か月後の11月後半で196件にも上る。参照された医療データ統計・分析サイト「プレミア・インジュリーズ」の数値では、特にハムストリングの件数上昇が顕著。前年の27件からほぼ倍増の53件となっていた。

 1か月後の12月19日、リーグカップ準々決勝でのチェルシー対ニューカッスルは、揃って二桁台の欠場者を抱えるチーム同士の「ゾンビ対決」と呼ばれた。その翌々日には、プレミア第18節でのクリスタル・パレス戦で、ブライトンの三笘薫も左足首を痛めて故障者リストに加わった。

 プレミアにおける医療の現場が遅れているわけではない。プレミアのメディカルシーンというと、チェルシーの監督だったジョゼ・モウリーニョ(現ASローマ)と、チームドクターだったエバ・カルネイロ医師が衝突した2015年の一件を思い出す人が多いかもしれない。

であれば、モウリーニョが言い訳気味に「監督として、10名を下らないメディカルチームからのベンチ入り2名も決めなければならない」と言っていたことも覚えているだろうか? それだけのスタッフを要する重要な一部門だということになる。構成員はトップクラス揃い。カルネイロ医師も、有名人ご用達のクリニックが並ぶロンドン中心部のハーリー・ストリート沿いに、「スポーツ医学」の専門医として開業している。

 有能な高給取りで、医療の観点から競技面にも影響を与える判断や助言を行うメンバーの重要性は、サッカーの“現場監督”たちにも認識されている。2016年、カタールの「アスペター・スポーツ・メディシン・ジャーナル」誌による取材でメディカルチームの重要性を尋ねられ、「最も重要な要素の1つ」と答えていたのは、当時トッテナムを率いていたマウリシオ・ポチェティーノだった。

 そのポチェッティーノが新たに指揮を執るチェルシーで怪我が多発している裏には、昨季開幕前のオーナー交代による影響があるとの意見が番記者陣の間には多い。身体の違和感や痛みに対する反応は人それぞれ。日々、練習場に顔を出すメディカルチームは選手との距離も近く、そうした個人差も把握している。クラブは、その貴重なノウハウの持ち主たちを一気に入れ替え過ぎた。

プレミア特有の“労働環境”が最大の問題か?

 逆に、マンチェスター・ユナイテッドでは、メディカルチームの新責任者に期待が寄せられている。クリスマス時期突入前の第17節までに選手を欠場に追いやった怪我の数は20チーム中最多の「22」(「プレミア・インジュリーズ」調べ)。今季開幕後に「スポーツ・メディシン」部門を任されたガリー・オドリスコル医師は内部の近代化促進に意欲的とされる。

 第19節終了時点でも故障者数は下から数えたほうが早いアーセナルから引き抜かれ、かつてはサッカー界よりも20年は進んでいると言われたラグビー界での職歴も持つ同医師にとって、クリスマスイブに発表されたサー・ジム・ラトクリフによるクラブ株式買収は追い風だ。英国人資産家がCEOを務め、サッカーに関するユナイテッド経営に参画する「イネオス」社では、「スポーツ科学」の信者として知られる役員が組織内のスポーツ部門を総括している。

 もっとも、リーグ全体に関して言えば、その規模と影響力が増す一方のメディカルチームをもってしても怪我の予防や完治を難航させる“労働環境”が最大の問題だと言わざるを得ない。欠場理由の上位を占めるハムストリング、そしてふくらはぎといった軟部組織や筋肉の損傷は、一般的に疲労の蓄積や過度の負荷によって引き起こされると理解される。

 この手の怪我と言うと、日本人のプレミアファンとしては冨安健洋を連想してしまう。アーセナルの優勝争いに欠かせないはずの万能DFは、今季もふくらはぎの怪我で12月上旬から戦列離脱中だ。かくいう筆者も、ふくらはぎの痛みで近所のクリニックに通院中。情けないかな筋肉の「使わなさ過ぎ」が原因なのだが、つい先日、そこでも冨安のことを思い出した。QPR(現2部)ファンのフィジオとの会話がサッカーに及んだ際、「違うポジションで試合に出れば、筋肉も慣れない要求に応えなきゃならないし無理も生じる」と聞いて、クラブでは左右のSBをこなす日本代表CBの姿が脳裏に浮かんだ。

見過ごせないカタールW杯の余波とVAR介入の多さ

 今季の著しい増加傾向には、冬季開催のカタールW杯があった昨季からの「余韻」もメディアで指摘される。今季よりも1週間早く開幕し、W杯による中断直前の第15節が今季より1か月早い11月中旬に消化されていたプレミアの2022-23シーズンは、開幕当初から過密日程のシーズンだった。

 加えて今季は、序盤戦からVAR介入が目立つ。ビデオ判定を待つ間に冷えた身体は、怪我のリスクが高まっても当然。トッテナムがジェームス・マディソンとミッキー・ファン・デ・フェンの両新戦力を失った第11節チェルシー戦などは、VARチェックが計9回。後者のハムストリングがチェイシング中に悲鳴を上げたのは、述べ7分間の3連続チェックが終わった9分後だった。

 アンジェ・ポステコグルー新体制下のトッテナムは、ハイラインで攻守にアグレッシブな戦い方を基本とするチームが増えている例の1つ。選手にとっては、スプリント回数が増えるスタイルでもある。

 こうしたプレミアの環境を考えれば、第18節を前にニューカッスルが最多13名の欠場者を抱えていたのも頷ける。チームは、一昨季途中のエディ・ハウ体制発足を境に、プレッシングを攻撃の一部とする能動的スタイルを習得中。リーグ随一の資金力を持つが選手層の厚さはビッグクラブ級ではなく、トップ4入りを果たした昨季をリーグ最少8番手の計27名で戦い抜いている。続く今季、20年ぶりの出場がグループステージ敗退に終わった欧州チャンピオンズリーグでは、強豪に囲まれて心身ともに消耗の激しい戦いが続いた。

 クリスマス時期を前に、リーグ側は「最低2日半の試合間隔」を強調していたが、「プレミア・インジュリーズ」の創業者兼データ分析者のベン・ディナリーは、「3日間は必要」とのコメントを出している。その年末年始を戦い抜く日本人プレミアリーガーは、今季からリバプールでプレーする遠藤航のみ。移籍直後は出番が限られたが、極めて攻撃的なユルゲン・クロップのチームでは“ハンディキャップ”にも等しいプレシーズンなしで、新環境に適応しなければならない身だ。

 昨季までのブンデスリーガでは「ウインターブレイク」中のクリスマス翌日、プレミア第19節でのバーンリー戦(2-0)は9日間で3試合目の先発フル出場だった。後半45分、五分五分の競り合いに勝って追加点を可能にしたあたりはさすがだが、その3分前のパスミスは、対戦相手によらずインテンシティーの高いプレミアのピッチで連戦による疲れを思わせもした。元日の第20節ニューカッスル戦後は、日本代表キャプテンとしてアジアカップに参戦。2011年以来となる同大会優勝と同時に、故障者リストに加わることのないプレミア帰還を願う。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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