「絶対止めてやる」 浦和一筋20年のレジェンド、Jリーグで対戦して「楽しかった」2人とは?

かつて浦和レッズでプレーしキャプテンマークを巻いたDF山田暢久【写真:Getty Images】
かつて浦和レッズでプレーしキャプテンマークを巻いたDF山田暢久【写真:Getty Images】

【元プロサッカー選手の転身録】山田暢久(元浦和):在籍した20年を回顧、Jデビュー戦は「忘れられない一戦」

 Jリーグ浦和レッズで20年間に及ぶプロ生活を送った山田暢久氏は、昨年2月から神奈川県社会人リーグ1部のイトゥアーノFC横浜で指揮を執っている。

 山田氏が在籍中に獲得したタイトルというのは、浦和にとっても初もの尽くしだった。

 クラブ初戴冠となった2003年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)から始まり、04年のJ1第2ステージ、05年度の天皇杯、06年のJリーグ、07年にはAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を制し、主要タイトルをすべて手に入れた。ナビスコカップを除くと06年度の天皇杯連覇を含め、すべての優勝に主将として関わってきたのだ。

 2000年にはJ2降格も経験するなどクラブの盛衰を体験したレジェンドは、浦和の歴史を築いた1人でもある。同一クラブでJ1通算500試合出場を果たした第1号で、GKを除く全ポジションを容易にこなしてしまう万能選手だった。

 2013年12月に現役を退いてからちょうど7年が経過。引退直後とはいささか趣の違った、浦和での思い出を語ってもらった。

 静岡の古豪、藤枝東高校から1994年に加入したが、日本ユース代表(現U-19日本代表)に帯同する期間が長かったため、デビュー戦はサントリーシリーズ(後の第1ステージ)第12節、4月27日の清水エスパルス戦だった。

「高校時代によく試合をした地元静岡の草薙(陸上競技場)だったから、忘れられない一戦ですね。両親や知り合いも大勢来てくれた」

 背番号10を付けて3トップの右ウイングでフル出場。横山謙三監督は「思い切りのいいシュートがなかった」と苦言を呈したが、当人は「打ちたくても福田(正博)さんが怖くて打てなかった」と抗弁する。「俺に(パスを)出せ、っていう圧力がすごくてね。監督に平気で意見して、練習メニューを変えちゃう人ですよ、そんな選手いないでしょ」と福田正博の風格に仰天させられたそうだ。

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