【THIS IS MY CLUB】浦和MF阿部、“総力戦”で輝くポリバレントの才能 「自分の強み」…恩師に感謝

同僚FW興梠慎三とハイタッチする浦和レッズMF阿部勇樹【写真:Getty Images】
同僚FW興梠慎三とハイタッチする浦和レッズMF阿部勇樹【写真:Getty Images】

【阿部勇樹インタビュー|第3回】オシムサッカーの“申し子”として活躍「いろいろなポジションをやれて幸せ」

 2月の開幕戦を戦った後、約4カ月にわたって中断していたJ1リーグがいよいよ再開の時を迎える。新型コロナウイルスの影響により、無観客の“リモートマッチ”での開催となるが、サッカーのある日常が戻ってくることに心躍らせる人は多いはずだ。

 再開を前に、Football ZONE webも参加している「DAZN Jリーグ推進委員会」では、J1からJ3までの全56クラブを対象に「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE -」と題したインタビュー企画を実施。浦和レッズからは在籍通算13年目、チーム最年長選手となった元日本代表MF阿部勇樹に登場してもらい、愛するクラブやリーグ再開への思いを語ってもらった。3回目の今回はキャリアを通じて複数ポジションを務めてきた阿部が、“ポリバレント”として戦ってきた自身のプレースタイルと、過密日程となる今季への展望を明かした。

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 21世紀に入ってからの日本サッカーで大きく変化したことの一つが、複数のポジションを高いレベルでプレーする選手が多く生まれてきたことだろう。日本代表やジェフユナイテッド千葉で監督を務めたイビチャ・オシム氏は、それを本来は化学用語である「ポリバレント」という言葉で表現した。その申し子の1人と言えるのが、浦和レッズでプレーするMF阿部勇樹だろう。

 1998年に16歳にして2種登録でプロデビューした阿部だが、本人は自分のポジションについて「正直、若い時からいろいろなポジションをやってきて、今のほうが少なくなったくらい。もちろん中盤と最終ラインが多いんですけどね」と振り返る。その言葉のとおり、ボランチでプレーする阿部のイメージは不変のものだが、センターバックやサイドバック、ウイングバックでプレーする姿を何度も見てきた。さすがにFWでプレーする姿を見た記憶はないが、選手交代や負傷者の事情があったにせよトップ下でプレーしたのを見たことはある。

 よくプロスポーツの世界で言われてきたのは、「いろいろなことで70点や80点を取れるより、一つ100点があったほうがいい」というニュアンスの言葉だ。阿部自身も「昔だったら、君のポジションどこなのって話になったと思う」と話す。しかし、恩師であるオシム氏が2003年に来日し、千葉で指導を受けるなかで発されてきたメッセージは、阿部のキャリアで重要なものだった。

「僕が教えていただいたオシムさんが来られてから、ポリバレントという言葉が使われて、いろいろなポジションができることが『あ、自分の強みなんだ』と感じられるようになったんです。それからは、ここっていうポジションとは考えずに、与えられたポジションでやるという感じになったんですよね」

 オシム氏のチームで言えば、相手のシステムによって阿部がボランチに入るのかセンターバックに下がるのかで、選手交代をすることなく3バックと4バックを使い分けていた。そして、2012年に阿部がイングランドのレスターから浦和に復帰したシーズンから指揮を執ったミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現・北海道コンサドーレ札幌監督)のサッカーでは、ビルドアップ時には最終ラインに入り、ボールが前線につながってからや相手ボール時にはボランチにポジションを上げた。そうした阿部のプレーは、まさしくチームのキーマンとして機能していた。

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