【THIS IS MY CLUB】浦和MF阿部、“谷間”と呼ばれたアテネ世代の矜持 「最後まであがいて頑張らないと」

浦和レッズMF阿部勇樹のプレーからまだまだ目が離せない【写真:Getty Images】
浦和レッズMF阿部勇樹のプレーからまだまだ目が離せない【写真:Getty Images】

【阿部勇樹インタビュー|第2回】運命をともにしたアテネ世代、2010年W杯で「意地を見せられた」

 2月の開幕戦を戦った後、約4カ月にわたって中断していたJ1リーグがいよいよ再開の時を迎える。新型コロナウイルスの影響により、無観客の“リモートマッチ”での開催となるが、サッカーのある日常が戻ってくることに心躍らせる人は多いはずだ。

 再開を前に、Football ZONE webも参加している「DAZN Jリーグ推進委員会」では、J1からJ3までの全56クラブを対象に「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE -」と題したインタビュー企画を実施。浦和レッズからは在籍通算13年目、チーム最年長選手となった元日本代表MF阿部勇樹に登場してもらい、愛するクラブやリーグ再開への思いを語ってもらった。2回目の今回は「アテネ世代」をテーマに、仲間たちの引退と今もJ1の舞台で戦い続ける意義について、胸の内を明かした。

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 サッカー界で1981年から84年生まれの世代は、2004年のアテネ五輪出場を一つの目標にする世代だった。彼らについて回った言葉が「谷間の世代」というもの。悔しい思いも味わったその世代の中心としてプレーし、日本代表でも活躍した81年生まれの浦和レッズMF阿部勇樹は、同世代が次々にピッチを離れていくことに寂しさを覚えつつも、まだまだ現役を続ける気持ちでいる。

「いやー、ずいぶんと言われましたよね」と、オンラインの画面越しですら少し遠くを見て振り返るような表情を阿部が見せたのが、まさに“谷間の世代”というワードが取材中に出た時だった。「2個上が強烈でしたからね」という79年生まれは「黄金世代」と呼ばれ、MF小野伸二(現・FC琉球)やMF稲本潤一(現・SC相模原)、FW高原直泰(現・沖縄SV)、その他にも名前を挙げ始めたらキリがないような豪華メンバーが揃った面々だった。彼らは1999年ワールドユース(現・U-20ワールドカップ)で準優勝し、小野は欠場したものの、上の世代からMF中村俊輔(現・横浜FC)やMF中田英寿が参加した2000年シドニー五輪のチームは、A代表に勝るとも劣らない実力と人気を誇った。

 一方で、阿部たちの世代は「黄金世代」に比べると、スーパースターと言われるような選手は多くなかった。「長く言われたし、言われたことでの悔しさもみんな感じながらやってきましたよ」と、“谷間”という言葉への反発心が世代全体に共有されていたことを明かしたが、彼らがその大きな価値を示したのが10年南アフリカ・ワールドカップ(W杯)だった。

 この時、一つ上の世代にあたる80年生まれのMF遠藤保仁(現・ガンバ大阪)や下の世代にあたる86年生まれのMF本田圭佑(現・ボタフォゴ)が目立った大会だったのは事実だが、アンカーで大車輪の活躍を見せた阿部や、DF田中マルクス闘莉王、前線で貴重な働きを見せたMF松井大輔(現・横浜FC)、最後に悲劇の主役になったもののサイドバックとして奮闘したDF駒野友一(現・FC今治)は全員が81年生まれ。またFW大久保嘉人(現・東京ヴェルディ)も、82年生まれでアテネ五輪のメンバーだった。

 日本代表が初めて自国開催以外のW杯で決勝トーナメント進出を果たした大会だが、その中心にはかつて世間から“谷間”と揶揄された世代がいた。それについて阿部は「こういう悔しさを抱えたなかでやってきた同世代が数多く本大会に行って戦えたのは、ちょっとした意地を見せられたかなと思いますね」と、少し誇らしそうに話す。所属する浦和でも、闘莉王に加えてMF鈴木啓太やDF那須大亮、MF相馬崇人といった同じ年齢の選手たちとプレーする機会に恵まれた。

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