語り継がれるなでしこ伝説のワンプレー 歴史を動かした無垢な走り

絆が生んだ走り

 そして、歴史を動かすゴールには、もうひとつのエピソードがあった。
 丸山は当時、28歳。02年に代表入りしてから10年目を迎えていた。世界はもちろん、アジアでもなかなか勝てないころから代表の一員として戦ってきた。仲間とともに幾度となく勝てない悔しさに涙もした。いわば、なでしこの歴史を知る一人だ。
「苦しい時代があったからこそ、みんなと助け合えるし、その人たちの分も、と考えて踏ん張れる。それがなでしこの良さだし、強さの源。その時代にプレーできていたことは私の誇り」
 チームの中では、後輩にもいじられ、時にはおどけて周囲に明るい空気をもたらす。あのゴールには、そんな彼女のキャラクターと、歴史が詰まっていた。
 得点の直前、岩清水から岩渕にボールが渡ったとき、既に丸山はボールに背を向けて、その足を懸命に動かしていた。試合直後のフラッシュインタビューでは、「岩渕から来たボールに」とコメントしている。その後、あのパスが澤からのものだと分かり、試合後のミックスゾーンでは「あれ、澤さんからだったんだね? どうしよう? 岩渕からのパスって言ったのがバレたら怒られちゃうよー」と笑いを誘った。澤にボールが渡ったところは見ていなかったのだ。
 しかし、その走り出しが少しでも遅ければ、この得点は生まれていなかっただろう。まるで無垢な子供のように迷うことなく、辛苦を乗り越えた仲間を信じ、自分を信じて走った。彼女たちの絆がつないだゴールでもあったのだ。
 丸山の得点から残り10分、究極のアウェーの雰囲気の中、ドイツの攻撃を全員でしのぎ、1-0と歴史的な勝利を収めた。
 これは、彼女たちが未知の世界へと歩み始めた瞬間でもあった。
 ドイツ戦での丸山のゴールは、なでしこの運命を大きく変えた。この勝利の勢いそのままに、決勝へと進み、歴史的な快挙が成し遂げられた。
 あれから4年――。
 なでしこジャパンは今夏、チャンピオンのみがつけることを許されるゴールドのワッペンを胸に、再び世界の舞台で準優勝に輝いた。彼女が切り開いた道は、これからもつながっていく。
丸山桂里奈(まるやま・かりな)
1983年3月26日、東京都生まれ。
日本体育大に在学中の2002年に代表デビュー。03年女子W杯アメリカ大会、04年アテネ五輪出場。05年に東京電力女子サッカー部マリーゼに加入。08年北京五輪で4位入賞。10年、アメリカのフィラデルフィア・インデペンデンスへと移籍。同年ジェフユナイテッド市原・千葉レディースに移籍。11年女子W杯ドイツ大会準々決勝ドイツ戦で1得点を挙げて初優勝に貢献。12年スペランツァFC大阪高槻に移籍。同年のロンドン五輪代表で銀メダルを獲得。
【了】
日々野真理=文●text by Mari Hibino
ゲッティイメージズ=写真●photo by Gettyimages

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