助っ人に指示した「守備免除」 19戦わずか1敗…戦術家を変えた“フロントでの2年半”

7年ぶりに長崎の監督に就任した高木琢也氏、8位から2位に導いてJ1昇格達成
2023年から取締役を務めていた高木琢也クラブリレーションオフィサー(C.R.O)が、7年ぶりにV・ファーレン長崎の監督に就任したとき、リーグ戦はすでに19試合を終えていた。(取材・文=藤原裕久)
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この時点で長崎の順位は8位と辛うじて上位と言える順位だが、自動昇格圏である2位との勝ち点差は10と開いており、リーグ最多タイの32得点を奪いながら得失点差はなし。前年秋に1000億円余りの予算を投じスタジアムシティという巨大プロジェクトを整備し、PEACE STADIUM Connected by SoftBankという国内最高峰の専用スタジアムをホームとするクラブにとって、それは受け入れられない成果である。
フロント業から2年半ぶりにピッチに戻る高木監督の仕事は、残る19試合でこれらの数字を改善して、クラブをJ1昇格へ引き上げることだった。6月に就任が発表された高木監督がまず意識したのは、まず自分がチームの中に入っていくことだったという。就任決定から次の公式戦まではわずか6日。普通であればすぐになにがしかの変化を打ち出したいところだが、高木監督はそうしなかった。
「外から見るのと、実際にチームの中に入って見るものでは違うものがある。それは、実際にチームに入ってみなければわからない。まずは観察することから」
そのため、監督就任初戦のロアッソ熊本戦は最低限の約束事を簡単に指示し、あとは一部の起用を変えたのみで試合へと臨んだ。だが、監督自身の中にある程度の勝算はあったという。熊本を指揮する大木武監督とは以前から交流があり、かつて監督だったときも、現場を退きフロントになってからもオフを利用してトレーニングを見学に行き、意見を交換してきた間柄である。熊本のスタイルと何をしてくるかは十分に理解していたのだ。
「監督就任の初戦が熊本なのは幸運だった。大木さんはスタイルがブレない。だからこそ凄いんだけど、だからこそ僕にはある程度どう来るかは予想できる。それに長崎から近い熊本の試合で移動も負担は少なく、応援に来てくれる人も多いからね」
かつて自身の下でプレーし、そのスタイルを理解するMF澤田崇、FWフアンマ・デルガドといった選手、三好殻典GKコーチといったスタッフがチーム内にいたことも大きかった。彼らは練習やピッチでチームの方向性を示すモデルともなったのだ。
こういった幾つかの幸運と柔軟な判断によって、高木新体制は初戦に勝利し好スタートを切ることに成功する。ただ、この時点ではまだ真に高木長崎とはなりえていない。監督交代という劇薬による刺激、今までと違うスタイルという目新しさがうまく機能したに過ぎず、いつまでもそれで戦い続けることは難しい。事実、熊本戦後に3連勝したチームはそこから2試合連続で引き分けることになる。
だが、熊本戦以降も高木監督は「次なる一手」を打っていた。それがチーム最大の強みである選手層と質の高さを生かした「個を生かす」スタイルである。それは就任から与えられた時間が少ない中で反転攻勢をしなければならず、本来は戦術を落とし込んでチームを作る高木監督が必要に迫られてとった選択肢である。
ところが、フロント業を経験しサッカーの現場以外からサッカーを見て、チームとは違う組織、プロとは違う社員たちと過ごした経験が、高木監督の中にあった「人を生かす」素養を大きく伸ばし、それが戦術的な思考と結びつく。
個を生かすことは、個の弱みも受け入れることを意味する。ならば、弱みをどうカバーし、どう強みとするか。攻撃の絶対エースであるFWマテウス・ジェズスは強烈なフィジカル能力と高い技術を併せ持つが、守備に課題があり、時間帯によっては流すプレーをするムラっ気のある選手である。
前監督のときは選手たちに多くの自由度が与えられ、それが攻撃力の源泉ともなっていたが、守備が不安定化する原因でもあった。そのため、「守備改善のために自由度が制限されたとき、マテウスは以前のような怪物的な活躍ができるのか?」は高木監督就任時からの大きな懸念材料だった。就任初戦の熊本戦では「最低限、これだけやればあとは自由にしていい」と話してプレーさせているが、それだけで最後まで戦うのは難しい。
そこで高木監督は、マテウスに最低限の守備タスクだけを残し、あとは前線に攻め残りカウンターの起点となることを求めた。課題がある守備をやらせるよりも強みを最大限に生かすためである。
それは一種の守備免除とも言える指示だが、マテウスの後でプレーするMF山口蛍に守備のカバー役をやらせる保険を設定し、一方でマテウスを起用する際は守備に課題のある選手の起用は最小限とし、「現代サッカーでは守備の免除が可能なのはスペシャルな1人」という不文律を維持。これにより後半のスペースができる時間に攻め残るマテウスが個人技で速攻を炸裂させる「個のカウンター」が誕生する。
さらに試合の流れを見て課題を感じた際、修正策よりも効果が高いと判断すれば早めに選手交代を仕掛け、前半と後半で同じポジションにタイプの違う選手を起用するなど、層の厚さを存分に生かすことも意識した。先発1トップのFWエジガル・ジュニオに替えて、後半からFW山崎凌吾、前半に澤田、後半にMF松本天夢のシャドーといった交代パターンがそれである。
さらに先発でもプレーできるMF笠柳翼を、あえて得点がほしいシーンでジョーカーとなれる存在へと成長させ、夏に加入したMF翁長聖をサイドの軸として状況に応じて左右で使い分け、MFディエゴ・ピトゥカ加入により中盤での負担が軽減した山口が前に飛び出すシーンを増やす。
「個のカウンター」を起点にチームは戦いのパターンを増やし、快進撃で上位へと進出していった。
さすがにリーグ終盤は故障者も増え思うような戦いを見せられないこともあったが、第37節で優勝とJ1昇格の両方へ王手をかけた水戸ホーリーホックを2-1で破り首位に立つと、最終節の徳島ヴォルティス戦ではアウェイで先制を許しながら後半に追いつきドロー。2位につけていた水戸が勝利したため逆転で首位の座は明け渡したが、見事にJ1昇格というノルマを達成したのである。
「残念ながらタイトルは取れませんでしたが、それに値するぐらいのものを選手は出してくれたと思っています」
最終節の会見で高木監督は穏やかな表情でそう語った。その表情には個を生かす采配で戦い、個(選手)がそれに応えたという自負があった。確かに、惜しくも優勝はならなかったが、勝ち点は優勝した水戸と並ぶ70。得失点差は19。高木監督就任以来の戦績で言えば19戦12勝6分け1敗。31得点12失点。実に奪った勝ち点は42。圧倒的な戦績である。敗者ではなく、勝者として得た2位と言っても良いだろう。
フロントでの2年半は、高木監督にとって決して遠回りではなかった。現場を離れ、異なる視点からサッカーを見つめ、選手とは違う人々と組織を動かす経験が、“戦術家”としての高木琢也に“人を生かす”という新たな引き出しを加えた。シーズン途中という難しい状況で、時間をかけて自らの色に染めるのではなく、今いる選手たちの強みを最大化する道を選んだ柔軟さ。それこそがこの快進撃の本質だろう。
来季、長崎はピーススタジアムを擁してJ1の舞台に挑む。より高いレベルの相手にどう戦い、時間を得た高木監督が、どのようにチームを進化させるのか。新たな挑戦の幕が上がる。
(藤原裕久 / Hirohisa Fujihara)




















