ファンに聞いた「横浜FCのサッカーって何ですか?」 監督就任も苦戦…取り組んだ「小学生がやる練習」

横浜FCを率いる須藤大輔監督【写真:元川悦子】
横浜FCを率いる須藤大輔監督【写真:元川悦子】

百年構想リーグでは苦戦した横浜FCの須藤大輔監督

 近年、3度のJ2降格と2度のJ1昇格を繰り返してきた横浜FC。26-27シーズンからは再びJ2に挑んでいるが2026年頭からチームを指揮しているのが、須藤大輔監督だ。

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 現役最後、当時東海リーグ1部だった藤枝MYFCへ移籍でキャリアを終えたあとに指導者へと転身。山梨学院大学Bチームの監督からスタートさせ、ガイナーレ鳥取を経て、藤枝MYFCで4年半指揮を執り、横浜FCの監督に就任した。

 2023年にはJ2昇格も果たした須藤監督は、「自分はプレーヤーとしてはトップに行けなかった。J1制覇の経験もないし、日本代表にもなれなかった。桐光学園の1つ下に中村俊輔(日本代表コーチ)がいますけど、彼のようなキャリアは全く送れなかった。だからこそ、指導者になって大きな夢を追いたいと思いました」と彼は以前、しみじみと語っていたが、横浜FCというJ1経験クラブに赴くことで一歩前進したと言っていい。

 だが、最初から全てがうまく行ったわけではなかったという。

「ここに来た初日、選手たちには『全てを変えていくよ』と伝えました。そのうえでトレーニングに入り、2タッチゲームをやったら、3タッチした瞬間、みんなが止まってしまう。ラインから10センチでもボールが外に出たら『アウト』と言って動きを止めてしまう。それには驚きましたし、今までの習慣が根深いんだなと痛感しました。

 サッカーは連続性のスポーツで、仮にボールが外に出たとしてもすぐに動きを再開しないといけない。それができないと、僕の目指している『インプレッシブサッカー』にならないんです」と須藤監督は横浜FCの現状を直視したのだ。

 そのうえで、選手たちがボールを追い続けるマインドを持つように仕向けたのだ。

「選手たちに真っ先に言ったのは、『なぜサッカーをやっているかというと、ボールを蹴ったり走ったりするのが楽しいからでしょ。子供の頃はそうだったはず。ならば我々も楽しいサッカーをしましょうよ。ルールはあくまでルールだからボールを追いかけましょうよ』ということでした。

 我々は相手陣内でプレーしたいというプレーモデルがあるので、それを実践するためにはボールを握らなきゃいけない。そのためにはポジションを取らないといけないけど、相手も寄せてくるから、その場にいたらボールが回らない。だから動きましょうと。単純なところから着手し、繰り返したんです」

 藤枝MYFCの時には、大好きなアメリカ映画『グレイテスト・ショーマン』のメイキング映像で流れる曲『This is me(自分は自分でいい)』を流して、挫折を乗り越えてここまで辿り着いた選手たちに訴えかけたが、横浜FCの選手たちは生きざまが少し違う。彼らのバックグラウンドをリスペクトしつつ、まずはしっかり向き合い、真正面から話をするという正攻法のアプローチを選んだ。

「『今やっていることは小学生がやる練習かもしれない。でもこれは絶対に大事になるから、だまされたと思って取り組んでほしい』と言い続けました。

 最初はそこにマッチしない選手もいたかもしれないけど、だんだんやる選手が増えていき、そのうちやらない選手が目立つようになる。始動から3週間くらいで『変わってきたな』という手ごたえをつかみ始めましたけど、グループや11人でやるとノッキングを起こしてしまう。そういう難しさのある中、J2・J3百年構想リーグを迎えることになったんです」と須藤監督は8か月前を振り返る。

 案の定、横浜FCは結果が出なかった。2月7日の開幕・モンテディオ山形戦を1-2と黒星発進を強いられると、続く14日のベガルタ仙台戦も0-1の敗戦。いきなりの連敗スタートを余儀なくされたのだ。

 この苦境に業を煮やしたのが、本拠地・ニッパツのゴール裏に陣取った熱心なサポーターたちだ。激しいブーイングを浴びせられた須藤監督は彼らと直々に話をしようと自ら歩み寄った。そこで耳にしたのが「こんなの横浜FCのサッカーじゃない」という言葉だった。

「じゃあ、横浜FCのサッカーって何ですか?」と。

「僕の中ではそういう反応は当たり前だなと思いました。この人は絶対に横浜FCを愛しているからこそ、そういう疑問を投げかけてきたんだなと感じましたから。自分の問いかけに対して、その人は『ホームで連敗するなんてあり得ないと思います』と返してきた。『ああ、なるほど。ならば考えますね』と僕は返事をしました。

 もしもその人が『横浜FCのサッカーは堅守速攻で、カウンターを主体とするサッカーだから、先に失点するのはよくない』と言ってきたら、僕は前回話した『HAMASPIRIT』の方向性と今季目指しているサッカーについての説明をしようと思っていたんです。でもそういう言葉が出てきたので、何とか勝てるように仕向けたいという気持ちになりました。

 後日談なんですが、その方はチーム状態が上向いてきた頃、僕に直々にお詫びに来てくれました。僕としては『横浜FCを愛してくだされば、何を言っても僕はいいと思いますから、これからも愛し続けてください』と語りかけましたし、今ではいい関係を築いています。人間、正直な気持ちをぶつけ合った方が理解し合えることもある。大好きな横浜FCが勝つところを見たいという思いもよく分かりますし、僕としてはそのためにできることを全てやっていこうという決意がより一層、固まりました」

 須藤監督は新天地で最初の洗礼を浴びたが、第3節の2月22日の栃木シティ戦を5-1で勝利。何とかトンネルを抜け出した。その後も2度の3連敗を経験するなど、難しい時期もあったが、最終的にはEAST-Aで4位。最終順位13位でフィニッシュ。26-27シーズンへの基盤をある程度、固めることができたという。(3に続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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