「明日から行きます」から4年…J2大宮の原博実氏が退任の理由を説明「あの時が一番つらかった」

原博実氏が大宮での4年間を振り返った
RB大宮アルディージャの代表取締役社長を退任することが発表された原博実氏が、4月17日に会見を行った。会見で原氏は「一番良い引き継ぎをして、次の人に託す。それだけ良い人材が、いろいろな分野に入ってきた」と、退任を決めた理由を説明した。
原氏がトップに立っていた期間は、大宮にとって最も苦しい時期だったと言えるだろう。かつてはJ2に降格することがない『残留力』を誇るクラブだったが、Jリーグの職を離れたばかりの原氏がフットボール本部長に就任した2022年4月の時点では、開幕から9試合で勝ち点3しか得られていなかった。前シーズンから戦力も落ち込み、J2残留が現実的な目標となっていた。
「当時は、(前職で)Jリーグにいたので、大宮の年間予算は大体わかっていました。その予算規模で、シーズンも数試合消化していましたが、『まあ、行けば何とかなるだろう』と思っていたら、(前シーズンから)予算がだいぶ減っていた(苦笑)。『早く教えてよ』みたいなね」
そんな波乱のスタートを切りながらも、2022シーズンはJ2残留に成功。しかし、2023シーズンにはクラブ初のJ3降格を経験し、最終節ではサポーターから厳しい横断幕が掲げられた。シーズン途中にレッドブルによるクラブ買収があった2024シーズンには、原氏が招聘した長澤徹監督のもとで結果を出し、1年でのJ2復帰を実現。レッドブル体制1年目の2025シーズンはJ1昇格プレーオフ準決勝まで進んだが、ジェフユナイテッド市原・千葉に3−0から歴史的な大逆転を喫し、昇格を逃した。
大宮での4年間で最も印象に残っている出来事を問われると、原氏は苦しい時期を振り返った。
「1年目は残留しましたが、2年目に降格してしまった。今でも覚えていますが、あの時の最終節の横断幕を見て『責任を取らないといけない』と思いました。ただ、逃げたくもなかった。やらせてもらえるならやる、という気持ちでした。あの時が一番つらかったですね。自分から『やります』とも言えない。でも、あそこからやらせてもらえた」
その一方で、長澤監督とともにチームを再建できたことを喜びとして挙げた。
「J3をぶっちぎりで勝てた。本当は去年もあのまま(J1へ)行きたかったですけど、途中でああいうこと(長澤監督の解任と宮沢悠生監督の就任)もありました。でも、(J3降格という)最悪の状況から持ち直し、大宮のサッカーのスタイルもメンタルも変わってきた。それが一番嬉しかったですね」
そう目を細めながらも、「でも、去年は最後、千葉に負けましたからね」と振り返り、「今は教訓にしています。この前の(RB大宮アルディージャWOMENの)C大阪戦(5−1)でも、前半3−0になった時に『3−0は一番危ない』と、クラブとして共有できた」と冗談交じりに語った。
「もちろん、あの時も(J1に)上がりたかったですが、もっと力を蓄えて上に行かなければいけないと思っています」
レッドブル体制2年目を迎え、大宮は軌道に乗りつつあるように見える。大宮ウィメンはクラシエカップ決勝進出に王手をかけ、トップチームもシーズン移行後のJ1昇格を再び目指す。原氏は苦しい時期を乗り越える中で、Jリーグや日本サッカー協会での経験も生かしながら、レッドブルグループとの交渉にも尽力してきた。たとえば大きく変更されたクラブのエンブレムも、関係者によれば、原氏の交渉がなければオレンジ色の線はさらに細くなっていたという。
苦難を乗り越え、ここからというタイミングに見える中で、原氏はクラブを離れる決断を下した。もともとレッドブル傘下のクラブでは、代表取締役社長はサッカー現場の責任者ではなく、マーケティング部門のトップが務める。今年3月、大宮はマーク・オーブリー氏をCEOに据えたが、代表取締役社長は交代していなかった。原氏は体制移行が整った今、自身が退くことがクラブ本来の形だと判断したという。
自身の役割について、原氏はこう語る。
「僕はそこのつなぎ。外資が入ってきて、うまくレールに乗せるのが自分の仕事だと思っていました」
さらに、決断の背景を具体的に明かした。
「(ヘッド・オブ・スポーツの)スチュアート(・ウェバー)が昨年9月に来て、今回マークが4月に来ることが決まった。株主総会で今後の話をする中で、新しいCEOが来て、当初の通り(コマーシャル部門トップが)代表取締役社長になり、スポーツはスチュアート、西村卓朗(スポーツダイレクター)もいる。この形が一番ベストだと思った。自分は次の人がやりやすい環境を整えるのが一番いいと考え、話し合いの中でこの決断になりました」
さまざまな立場を経験してきた原氏には、今後も多くの役割が期待される。将来について問われると、「日本のサッカーが一番大変な時代に現役選手としてプレーし、浦和やFC東京で監督も務め、サッカー協会も経験しました。自分が何をしたいかというより、日本サッカーやJリーグがどう成長するか。その視点でやってきましたし、これからも変わりません」と話し、最後は少し肩の力を抜いた言葉で締めくくった。
「Jリーグを辞めて、すぐ『明日から行きます』と言ってから4年が経ちました。明日、明後日の試合で挨拶をして、ほかの試合を見に行ったり、温泉にでも入りに行きたいですね」
18日のJ2・J3百年構想リーグの大宮対磐田、19日の大宮ウィメン対C大阪ヤンマーレディース戦のハーフタイムでの挨拶が、原氏にとって大宮での最後の仕事となる。
(河合 拓 / Taku Kawai)





















