J2で飛躍も…大怪我で退団「まさかああいう形で」 J1で訪れた“不思議な巡り合わせ”

清水の梅田透吾(写真は2020年のもの)【写真:アフロ】
清水の梅田透吾(写真は2020年のもの)【写真:アフロ】

清水の梅田透吾「まさかああいう形で、木村太哉選手と勝負するとは思っても」

 清水エスパルスが4度目のPK戦で初勝利をあげた、3月14日のJ1百年構想リーグ地域リーグラウンドWESTグループ第6節であるドラマが生まれていた。かつて育成型期限付き移籍で加わり、武者修行を積んだファジアーノ岡山を相手に、2度のPKセーブを演じた清水の守護神・梅田透吾の恩返しを追った。(取材・文=藤江直人)

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 夢にも見なかったシチュエーションのなかに自分がいる。清水のゴールマウスを守る25歳の梅田は試合が終わってからしばらくして、摩訶不思議な巡り合わせのなかでつかみ取った勝利だと実感した。

 アカデミーから昇格して8シーズン目を迎えているキャリアでPK戦に臨むのは2度目。対峙するのは古巣の岡山。そして両チームともに2人ずつが成功させた直後だった。

 選手たちが横一線に並ぶハーフウェイラインから、先蹴りの岡山の3人目のキッカー、木村太哉がペナルティスポットに近づいてくる。梅田の脳裏にはこんな思いが浮かんでいた。

「まさかああいう形で、木村太哉選手と勝負するとは思ってもいませんでした」

 プロになって3年目の2021シーズンに、20歳だった梅田は育成型期限付き移籍で岡山に加入した。当時のチームメイトで、今シーズンも岡山でプレーしているのはわずか2人だけになっていた。

 その一人、阿部海大は14日の地域リーグラウンドWESTグループ第6節で、20人のベンチ入りメンバーから外れていた。そして、もう一人の木村は同シーズンに甲南大学から加入した同期だった。

「ふたつ年上ですけど本当に仲よくさせてもらったし、いまも何かあったら連絡も取っているんですよ」

 木村の存在を問われた梅田は、笑顔を浮かべながら懐かしんだ。さらに自身のキャリアのなかで岡山時代はどのような位置づけなのか、と問われると「やはり思い入れがありますよね」とこう続けた。

「プロサッカー選手として僕をかなり成長させてくれたクラブなので。本当に濃かったというか、まだ20歳だった人間が移籍していって、いろいろとわがままを言って、ジュンキくんがいるなかで揉まれて。そんな自分だったのに試合の経験までさせてもらえて、その意味でもアリさんには本当に感謝しています」

 ジュンキくんとは2021シーズンの開幕当初にゴールマウスを託されていた金山隼樹氏。そして、アリさんとはFC琉球との第19節から梅田を先発に抜擢し、最終的に24試合で起用してくれた有馬賢二監督を指す。

 岡山のレジェンド的な存在だった37歳の金山氏は、昨シーズン限りで現役を引退。現在は岡山のクラブコミュニケーターを務めている。梅田は「ジュンキくんもここに来るかなと思っていたんですけど」と再会を期待していたと明かしながら、いまも指揮を執る木山隆之監督が就任した2022シーズンを振り返った。

「今シーズンで8年目を迎えていますけど、開幕戦から試合に出られたのは実は木山さんのときだけなんですよ。その意味でもそこ(岡山)でしか経験できなかったことが本当に多かったし、周りの選手たちにも恵まれました。みんな本当に優しかったし、だからこそ特別なクラブ、という思いはいまもあります」

 育成型期限付き移籍を延長した2022シーズン。新たに背番号1を託され、ヴァンフォーレ甲府に4-1で快勝した開幕戦でゴールマウスを任された梅田は、FC町田ゼルビアとの第4節で悪夢に見舞われた。

 前半終了間際に右膝を負傷して退場。右膝前十字靱帯断裂の大怪我を負い、全治まで最大8週間と診断された梅田は4月に手術を受け、さらに6月に入って岡山との契約を解消。復帰した清水で治療に専念した。

 怪我から明けた2023シーズン。岡山も所属していたJ2リーグを戦った清水で権田修一と大久保択生の後塵を拝し続けた梅田は、ピッチに立てないどころかリザーブにも一度も名を連ねられなかった。

 翌2024シーズンには鹿島アントラーズからひとつ年上の沖悠哉が加入。引き続き権田が守護神を担い、J2優勝とJ1復帰を果たした過程で梅田の出場はかなわず、昨シーズンの前半戦も沖のリザーブに甘んじた。

 転機が訪れたのは夏場の7月。湘南ベルマーレとの天皇杯3回戦で、延長戦を含めた120分間でクリーンシートを達成。チームを勝利に導いた梅田は、中3日で迎えた横浜FC戦で先発を勝ち取った。

 J1の舞台でプレーするのは約5年ぶりだった。秋葉忠宏監督は「日頃から素晴らしいトレーニングをしている」と梅田の真摯な姿勢を高く評価し、最終的にはリーグ戦の14試合で梅田にゴールマウスを託した。

 吉田孝行新監督を迎えた今シーズンは、百年構想リーグ第4節までは沖が先発を射止めた。梅田は「数年前はそこ(先発争い)に食い込めなかった自分がいる。ようやく食い込めるようになったなかで、さらに追い越していかなきゃいけない」と自ら言い聞かせ、セレッソ大阪との第5節から先発を奪い返した。

 しかし、C大阪戦は0-0から梅田にとってプロで初体験のPK戦に突入。相手の4人全員に続けて決められ、清水も2-4で敗れてPK戦で3連敗を喫した。再び先発を任された岡山戦も1-1のまま決着がつかない。PK戦に突入する直前の円陣で、この日が49回目の誕生日だった吉田監督の檄が響いた。

「透吾が必ず止めてくれる」

 梅田は「本当にありがたかったし、それに応えなきゃいけない、止めなきゃいけないと思って臨みました」と自らを奮い立たせながら、岡山の3人目のキッカー、木村と約11メートルの距離をはさんで対峙した。

「木村太哉選手だけはフルスイングで来るだろうな、と思っていました」

 性格を熟知していた唯一の存在の木村は、梅田の予想通りに駆け引きを繰り出して来ない。助走をつけてから思い切り振り抜いた右足で、向かって左側を狙った強烈な弾道を読み切っていたのだろう。両手で弾き返した梅田は、続く岡山の4人目、松本昌也が右を狙った一撃を横っ飛びしながら左手一本でセーブした。

 対照的に4人全員が成功させた清水は4-2で、4度目のPK戦にして初勝利をゲットした。

「(セレッソ戦からの)1週間で自分の何が変わったのか、と言われたらそこまで変わった部分はありません。自分の直感を信じた結果として止められたので、そこはラッキーだったと思っています」

 殊勲のヒーローは殊勝に語りながら、岡山に追いつかれた展開を反省材料としてあげている。

「きょうは失点しなきゃ(90分間で)勝てたので、そこは課題じゃないかなと思います」

 自らを律する視線の先には沖との熾烈な先発争いを制する自分がいるだけではない。かつてのホーム、JFE晴れの国スタジアムに乗り込む5月17日の百年構想リーグ第17節へ、梅田はこんな言葉を残している。

「(清水に復帰してから)岡山(のホーム)でまだプレーしていないんですよ」

 盟友のPKを阻止してつかんだ勝利。梅田は「恩返しと言っていいのかな」と笑いながら、若かった自分を後押ししくれた岡山のファン・サポーターの前で、たくましくなった姿を見せるために成長を追い求めていく。

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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