負傷後の自宅で見た妻の涙「僕一人の夢じゃない」 “異業種の同志”がW杯出場への「希望になった」

町田浩樹はJISSでリハビリを実施
不屈の精神で、夢の舞台へ――。ドイツ1部ホッフェンハイムに所属する日本代表DF町田浩樹が、キャリア最大の試練に直面した。2025-26シーズンの開幕戦で左膝前十字靭帯断裂という重傷を負い、長期離脱を余儀なくされた。北中米ワールドカップ(W杯)を10か月後に控えた時期での悲劇。孤独なリハビリを支えたのは、仲間の声と新たな出会いだった。帰国し、国立スポーツ科学センター(JISS)で過ごした日々。連載第2回はサッカー界の枠を超えたアスリートたちとの交流がもたらした新たな原動力について。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞/全3回の2回目)
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鏡に映る自分の左脚は、かつての躍動感を失い、痛々しく細くなっていた。昨年12月、所属するホッフェンハイムのチームドクターに状態を確認してもらうため、クラブハウスを訪問。施設内でスタッフやチームメイトとすれ違う度「コーキ!」「コーキ!」と抱きしめられた。負傷から約4か月。大きなジムではトレーニングバイクを20分漕ぎ、実感した。「やっぱり筋力が落ちちゃって右と左ではこんなに脚の太さが違うんですよね」。ただ、ここまで来た。絶望からわずかな光を追い、茨の道を自ら切り開いてきた。
ドイツ・ブンデスリーガの華やかな舞台から一転、町田浩樹の日常は、静まり返ったリハビリ室での地道なトレーニングへと変わった。開幕戦で左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負い、手術を受けるために日本への帰国を決意。術後はリハビリをするため、国立スポーツ科学センター(JISS)へ。だが、そこで待ち受けていたのは孤独を打ち消すほどの“熱”だった。
「サッカーだけじゃなくていろんな競技の選手、しかもオリンピックに関わるトップアスリートがたくさんいて。中には前十字靭帯を3回、4回と負傷しているような選手も周りにいた。彼らと『こういうリハビリがいいよ』とか『ここをもっと鍛えておくべきだよ』といった意見交換ができたのは、本当に有意義な時間でしたし、刺激になりました」
競技の垣根を越え、共通の思いを抱える同志たち。特に、2月に開幕するミラノ・コルティナ五輪出場を目指していたスキー・ハーフパイプの高橋佳汰との出会いは、町田に強烈な希望の灯をともした。
「彼は五輪に間に合わせるために、どうしても5か月半で滑らなきゃいけない、と言っていて。この前、本当にニュージーランドへ行って滑ってきたんです。『俺が行けたから、マッチ(町田)も大丈夫だよ』と。それはもう本当に希望になりました。彼は『もっとリハビリしておけば良かった』と言っていましたけど、相当な努力をしていた。それを見て僕も『W杯に行くにはこんなもんじゃダメだろうな』と思いながらリハビリをしています」
代表のチームメイトがくれた連絡「嬉しかった」
スキー競技では靭帯断裂は珍しくない。高橋自身4度の負傷を乗り越えて、壮絶なリハビリの末に雪の上へ戻った。昨年末の大会復帰は叶わなかったが、町田の心は大きく動かされた。
「(JISSで)切磋琢磨できる仲間もいましたし、あえてサッカーから離れて『サッカーやりたい』という欲を沸き立たせた。JISSでリハビリして、トミ(冨安健洋)とマイク(毎熊晟矢)と(昨年10月の)ブラジル戦を見に行ったんです。そのあとは心の底から早くサッカーがしたいなと思いましたし、それが原動力になればいい、とも思っています。ブラジル相手に戦っているみんなを見て、ここまでやれるんだっていう驚きと、やっぱりピッチに立っていたかったなという悔しさと、両方あった。でも、どっちかというと火を付けられた。若い選手が台頭してきて、僕も今怪我で離れていますけど、うかうかしてられないな、と」
町田を奮い立たせたのは新たな出会いだけではなかった。日本中に衝撃を与えた負傷の知らせ。直後、スマートフォンの画面を彩ったのは、共に日の丸を背負って戦ってきた仲間たちからのメッセージだった。
「代表のチームメイトは、みんな連絡をくれました。律(堂安律)や薫(三笘薫)だったり、剛(渡辺剛)くんとかも。直接LINEやDMをくれて『待っているからな』と。その一言が本当に嬉しかったし、頑張ろうと思えました」
怪我をした日。絶望の淵にいた町田を救ったのは、最も身近な存在の涙だった。ドイツの自宅へ帰った時、妻が自分のこと以上に悲しみ、泣いてくれた。その姿を見て、町田はハッとさせられたという。
「周りの人がどれだけ応援してくれていたか。W杯に行くことが自分の夢であり、今ある一番大きな目標ではあったんですけど、それ以上に支えてくれる人たちが『W杯に行ってほしい』『戦っている姿を見たい』と思ってくれているのをすごい感じました。僕一人の夢というか目標じゃないんだなと、怪我をして改めて感じたんです」
2022年のカタールW杯。当時はベルギー1部ロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズ所属で、まだ代表に招集されておらず、テレビの前で仲間を応援する立場だった。「薫(三笘)はユニオンで一緒にやっていて。チームメイトと『薫が決めたぞ!』と騒ぎながら見ていました。当時はすごく先にある舞台だと思っていました」。だが、今は違う。2023年3月に初招集されてから徐々に存在感を高め、北中米W杯最終予選では森保ジャパンの“救世主”となった。死闘を潜り抜け、その場所を自らの手で手繰り寄せた。
「まずは自分のコンディションを戻すこと。選ばれるか選ばれないかは監督に託すことなので。僕は怪我をする前のコンディション以上に戻せれば最高。そこにフォーカスして日々地道なリハビリを頑張りたい。今回のW杯は強い気持ちを持っている。最終予選にたくさん関わらせてもらったなかで芽生えてきた気持ち。そこはすごい強い気持ちを持っているのでしっかりと膝を治して、W杯の舞台に立ちたいなと思います」
JISSの窓から見える空を見上げ、町田は前を向く。支えてくれる人たちの思いを背負い、再び戦いの荒野を目指す。まずは目標の第一段階として設定する4月の復帰。そしてその先にある夢のピッチへ向け、町田浩樹の“第2章”が始まった。
(第3回に続く)
(FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)






















