国立のピッチで果たした“リベンジ”「一生、残る」 3年前に流した涙…苦労人が手にした優勝

加藤陸次樹は3年前C大阪の一員として決勝を戦った
11月1日のYBCルヴァンカップ決勝は、サンフレッチェ広島が柏レイソルを3-1で下し、3シーズンぶりに優勝を果たした。その一戦で、3年越しのリベンジを果たし、ユース時代に心技体を磨いた広島へ一度別れを告げてから10年目で大願を成就させたアタッカーがいた。セレッソ大阪時代の2022シーズンの同カップ決勝で広島に敗れ、中央大学からJ2のツエーゲン金沢、そしてセレッソを経て加入した広島で自身初のタイトルを獲得した加藤陸次樹が抱いた思いに迫った。(取材・文=藤江直人)
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3年越しのリベンジを果たした瞬間を、2022シーズンのファイナルと同じ国立競技場のピッチ上で味わった。サンフレッチェ広島の加藤陸次樹は、込みあげてくる万感の思いを抑えきれなかった。
「個人的にタイトルを獲った経験がなかったし、このチームの一員として獲る、というのも特別なものがあったので、勝利した瞬間の歓喜の思いというものは一生、自分の記憶に残ると思います」
3年前の10月22日に行われたルヴァンカップ決勝。加藤はセレッソ大阪のエースストライカーとして広島と対峙し、両チームともに無得点で迎えた後半8分に眩い輝きを放った。佐々木翔のバックパスを判断よく飛び出してカットし、守護神・大迫敬介もかわした直後に右足で無人のゴールに先制点を流し込んだ。
同25分にお役御免で清武弘嗣(現・大分トリニータ)と交代した加藤は、ベンチから大きな声を飛ばしながら勝利を祈る側へと回った。試合はそのまま9分台が表示されたアディショナルタイムへと突入し、舞台裏ではセレッソの優勝と加藤のMVP受賞を前提に、ヒーローインタビューの準備も進められていた。
しかし、直後にすべてが暗転する。途中出場していたピエロス・ソティリウが連続ゴールをゲット。広島に初優勝をもたらしたキプロス代表ストライカーがMVPを獲得した一方で、加藤は人目もはばからずに涙した。
「何も言えないというか、まだ整理はついていません。正直、悔しい、という言葉しか出てきません」
涙の意味をこう語った加藤は、広島の一瞬の隙を突いて奪ったゴールに特別な思いを込めている。
「ずっと広島相手に決めたかったですし、絶対に見返したい、という強い気持ちがあったので。決めた瞬間は本当にうれしかったですし、このゴールで絶対にセレッソを勝たせたいと思っていたので」
埼玉県熊谷市で生まれ育った加藤は中学卒業後に広島ユースに入団。2015年の高円宮杯JFA・U-18プレミアリーグWESTで得点王を獲得する活躍を演じながら、トップチームへの昇格はかなわなかった。
2016年に入学した名門・中央大学では「10番」を背負ったが、卒業を前にして2度受けた広島への入団テストでともに不合格。2020シーズンにJ2のツエーゲン金沢でプロのキャリアをスタートさせた加藤は、ルーキーイヤーに13ゴールを挙げた活躍が評価されて、2021シーズンにC大阪へステップアップした。
荒木隼人は広島ユース時代の1学年先輩
この間も加藤が広島へ抱いていた深い愛着は変わらなかった。それが「絶対に見返したい、という強い気持ちがあった」と3年前に広島に敗れた直後のコメントにつながった。さらにC大阪での活躍を介してついに広島を振り向かせ、2023シーズン途中の7月に完全移籍で加入した際にはこんなコメントも残している。
「育った環境の元で新たに覚悟を持って戻って来ました。この移籍の重みを忘れずに戦っていきたい」
野球に夢中だった少年時代に憧れたイチローさんにあやかり、新天地であり、古巣でもある広島で「51番」を背負った瞬間から、見返したいという思いは恩返しへの誓いに変わった。しかし、昨シーズンのリーグ戦では終盤戦での失速が響いて2位でフィニッシュ。最大の恩返しとなるタイトル獲得を成し遂げられなかった。
今シーズンのルヴァンカップを勝ち進み、準決勝で横浜FCを2戦合計4-1のスコアで撃破した直後。セレッソ時代の2021シーズンのルヴァンカップでも準優勝に終わっている加藤は決意を新たにしていた。
「個人的にはシルバーコレクターと呼ばれたくないので、ここで僕もタイトルを獲れると証明したい。3年前に広島に対して抱いた感情まではいかないかもしれないけど、しっかりと気持ちを作って決勝に臨みたい」
加藤が主戦場としてきたシャドーは、今シーズンからジャーメイン良、前田直輝、フランスの年代別代表に招集された実績をもつヴァレール・ジェルマン、明治大学卒の中村草太といった実力者が加入。さらにU-20日本代表のホープ中島洋太朗も台頭するなど、広島のポジションのなかでも最激戦区になった。
柏レイソルとの決勝で先発したのはジャーメインと中村。リザーブとなった加藤は、柏がボール支配率で優位に立つも広島が前半だけでセットプレーから3ゴールを奪う展開を見ながら自分の役割をイメージした。
「前半から守備に追われる展開をずっと見ていたし、そうなるのは分かっていたなかでボール奪取を含めた守備で貢献しよう、攻撃になったときにボールを失わないようにしよう、そして時間を作ろう、と」
川辺駿に代わってピッチに立ったのは、細谷真大のゴールで柏に1点を返された直後の後半37分。加藤は柏陣内の左サイドへ侵入し、縦パスを受けたファーストプレーで相手のファウルをゲット。しっかりと時間を作り、柏の反撃ムードを沈静化させた。アディショナルタイムにもファウルをもらった加藤がちょっぴり胸を張る。
「ああいうプレーも含めて時間を作らないとチームは苦しくなるので、途中出場した僕としてはできる限り、本当に細かいことかもしれませんけど、ああいうプレーがチームの助けになると思っていました」
3-1のまま歓喜の瞬間を迎えた直後。広島ユースのひとつ先輩で、決勝のMVPを受賞した荒木隼人から「やっと優勝できたな」と声をかけられた。3年前の優勝メンバーでもある荒木もトップチームへ昇格できず、関西大学を経て広島へ加入していた。決勝を前にして、可愛がってきた後輩の加藤へこんな言葉を残している。
「3年前は敵チームのムツ(加藤)が悔し涙を流していたので、今回はムツにもうれし涙を流してほしい」
森保ジャパンにも選出されるなど、頼れる存在でもある荒木へ加藤もこんな言葉を贈っている。
「お互いにユースから一緒にやってきたなかで、このチームで優勝できてすごくうれしかったですね」
3年越しのリベンジを果たし、ユースを卒団してから10年目で、愛する広島でタイトルを獲得する大願を成就させても涙は流していない。優勝の喜びをかみしめながら「いまの広島は本当に強いです」と語った思いを証明するために、残り3試合で5位につけるリーグ戦、ベスト4に勝ち残っている天皇杯、AFCチャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)で、泥臭いハードワークと得点感覚を同居させる28歳はさらなる恩返しを誓う。
(藤江直人 / Fujie Naoto)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。





















