新監督が取り入れた「上げて、上げて、下げて」 逆転昇格へ…クラブに訪れたポジティブな“変化”

安間貴義監督は初陣となった甲府戦に勝利した
ジュビロ磐田は、安間貴義監督の”初陣”となるアウェーのヴァンフォーレ甲府戦で、見事に1-0の勝利を飾った。ホームでの大宮戦(2−4)と藤枝戦(0−1)に連敗し、苦しい状況の中でジョン・ハッチンソン前監督が退任。逆転昇格に向けて、クラブは下部組織のU-18チームを率いていた安間監督に、トップチームの命運を託した。
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オファーの話をもらってから、もう考える間もなく引き受けたという安間監督。就任にあたって前体制から「大きくは変えられない」と語っていたが、攻守に渡るベースの1つ1つを見直し、限られた準備期間の中で迎えた甲府戦でも、いくつかのポジティブな変化が見られた。
相手のカウンターを警戒しつつ、攻守の切り替えを徹底したチームは、18歳のMF川合徳孟(とくも)がセットプレーの流れから叩き込んだスーパーゴールで先制。その後はキャプテン・川島永嗣を中心に堅守を貫き、1−0の完封勝利で新体制のスタートを飾った。試合後、安間監督は「気持ちだけでは勝てない。まずはウィーク(弱み)のところから直した」と振り返る。攻守の切り替え、そしてどこから攻撃を仕掛けていくか――。その2点を明確に提示したという。
その変化が象徴するように、甲府が得意とするカウンターをほとんどやらせなかったのが印象的だが、選手起用の変化も、そうした狙いが反映されている。前線のスタメンにはFW渡邉りょうを起用し、「スタートで出る人はスタートの仕事をしろ。90分を考えて6割、7割でスタートされても困る」と明確に役割を伝え、出し惜しみしない走力とスプリントの重要性を強調した。
渡邉は前体制でも精力的な守備と裏を狙う動きを特長としていたが、ここ最近は守備の連続性が弱く、攻撃面でもポストプレーに偏っていたことを安間監督は気にしていたようだ。一方で2列目の3人は、川合に加えて大卒ルーキーの角昂志郎、夏に加入したブラジル人アタッカーのグスタボ・シルバを並べたが、後半のスタートからグスタボに代えて倍井謙を左のウインガーとして送り込んだ。
「(グスタボには)できれば1点取って終わらせてあげたかったけど、疲れているグスタボより、先発で出たかった悔しい思いを持っている(倍井)ケンの方がいい」と安間監督。FWの渡邉も後半18分に佐藤凌我と交代したが、総じて前線の選手たちには90分を通しての働きよりも、スタートから全力を出し切ることが求められる。この日は交代出場だった倍井は「前線の選手は90分出す考えはあまりないとミーティングでも話しています」と明かす。
そうした流れで、後半にはU-18時代に直接指導していたMF石塚蓮歩を投入。多彩なフィニッシュや鋭い仕掛けなど、非凡な能力に加えて「僕のやり方を理解している」と安間監督。17歳のアタッカーも、その期待に応えてクロージングに貢献した。ハッチンソン前監督も「選手には毎日の練習から、常にプッシュして欲しい」とフラットな競争を強調していたが、安間監督になって起用法や評価の基準も変わる中で、選手の中にポジティブな競争意識がプラスされていることを感じる。
試合のベースとなる練習のメニューに関して安間監督は「ボール回しから時間を無駄にしたくない」と語り、高い強度の中での“加減速”を意識したトレーニングを導入。ダッシュとストップを繰り返し、試合で戦えるフィジカルと集中力を取り戻す狙いだ。縦長のコートを使い、背後への抜け出しやラインコントロールを同時に鍛えるなど、実戦的なメニューも増えている。「刷り込むしかない。選手も“これが普通なんですね”と言ってくれている」と手応えを口にした。
週末は徳島と“6ポインター”
また、前体制では試合2日前を休養日としていたが、週末の試合に向けて、オフ明けから休まず仕上げていく方式に変更。FC東京で、同じオーストラリア人のピーター・クラモフスキー監督の下でも、当初は試合前に休養日を入れていたが、選手たちが動けない姿を目の当たりにすると、指揮官に変更を要求。「ピーターも変更を受け入れてくれた」という経験も踏まえて、安間監督は「日本人には“上げて、上げて、下げて”というリズムが合う」と語る。
体力面や90分のメンタルを引き上げるため、1日の練習時間も増えたが、それで間延びすることはなく、セッションごとに選手一人ひとりが常に動くように構成されている。8対8にGKを付けたゲーム形式の練習では、最後の1本を前に「きついのは百も承知です。でも、やり切って欲しい」と選手に呼びかけた言葉が印象的だった。練習を終えた瞬間、多くの選手たちがその場に座り込んだ。角も「いやー、もう終わりかなと思ったら、もう1本あったので(苦笑)」と充実した疲労感を見せた。
甲府戦で見られた課題も明確だ。セットプレーから危ない場面を作られたことについては「クロス対応をもっと詰めていきたい」と監督は語る。一方、攻撃面では「クロスが1本も合っていない」と認め、「守備だけでなく、攻撃の方も合わせていきたい」と今後のテーマを掲げた。さらに、選手同士の“対話”を重視している。「裏へのパスがオーバーしても謝るな。まずは出してみろ。出さないと何も始まらない」と話し、練習からトライと修正を繰り返す文化を浸透させようとしている。
「何も変わってないし、試合数も減っていきますし、やり続けないと最後まで残れないのが現状というのは十分わかっている。1回の勝利で安心している人たちもいない」
安間監督はそう語り、チームの足元をしっかりと見据えた。2位のV・ファーレン長崎とは勝ち点8差。逆転で自動昇格を勝ち取るには、磐田が勝ち続けても首位の水戸ホーリーホックや長崎の結果次第で届かない可能性もある。一方で、3位から6位の昇格プレーオフ争いは、現在3位のジェフ千葉から8位の磐田まで勝ち点4差と大混戦だ。
代表ウィークを挟み、次戦はホームのヤマハスタジアムで4位・徳島ヴォルティスを迎える。順位を争う“6ポインター”を前に、安間監督は「ひとつひとつ勝っていくのはもちろん、中期的に走れるチームにしたい」と選手に働きかけている。泣いても笑っても、残りシーズンは2か月足らず。「もう一度エンジンを回そう」という安間監督の言葉が、磐田のポジティブなリスタートを告げていた。

河治良幸
かわじ・よしゆき/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。



















