勝敗を分けたわずかな“バウンド”「ほんの少ししなかったら」 27歳守護神が見た世界の光景

ACLE決勝のゴールマウスに立った山口瑠伊(左)【写真:ロイター/アフロ】
ACLE決勝のゴールマウスに立った山口瑠伊(左)【写真:ロイター/アフロ】

山口瑠伊がACL決勝の舞台で感じた「クオリティの差」

 川崎フロンターレは、サウジアラビア・ジェッダで行われたAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)ファイナルズで準優勝に終わった。全3試合で守護神を務めた山口瑠伊が感じた“世界との差”とは。自身の現在地について語った。(取材・文=江藤高志/全4回の4回目)

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 アル・ナスルの試合終盤の猛攻を防ぎきり、3-2で勝利した川崎は、中2日で決勝戦に臨んだ。対戦したのは地元ジェッダに本拠地を置くアル・アハリだ。

 5万8281人を動員した超満員のスタジアム。「すごかったです」と回想するショーアップされた入場シーンを経て、心の底から湧き上がるものがあった。

「ああ、この中でやるのかって。何かこう、モチベーションがすごく上がる感覚がありました」

 だがその高揚感の中でも冷静な自分もいた。「自分のモチベーションを上げすぎると、やっぱり自分のプレーを出せないので。そこのコントロールがすごく大事でした。いつも通りやればいいじゃん」と自らに言い聞かせたという。そうやって「100%で毎日やってきたことをそのままやれば間違いはない」と平常心を保つことに意識を注いだ。

 そんな決勝では、アル・アハリサポーターからの声援が音圧になって体全体に伝わってくる独特の経験をした。

「圧がすごかったです。声じゃなくて音圧。耳だけじゃなくて体で伝わってくる感じでした」

 初めて経験するその臨場感の中、悔やまれるのが前半の2失点だった。

「1点目は上手かったです。あんなシュートはあんまり受けたことないですね」

 そう話す山口は「言い訳とかじゃないんですけど」と前置きして改めてゴールシーンを見返して気がついたことがあるのだという。

「ちょっと時間が経ったんで見返したんですが、打つ瞬間のとこをスローで見たら、ほんの少しボールがバウンドしてるんですよ。浮いたタイミングで足振ってるんです。だからあんなドライブになったのかなと。だからボールがほんの少しバウンドしなかったら、あんないいシュートはこなかったと思うんですよ」

 実際にゴールシーンを見返してみると、確かに映像でギリギリ確認できる程度にバウンドしている。試合展開を左右したのがガレーノのファインゴールだったのは確実。だからこそ、どうすれば止められたのかを何度も見返して検証したのかもしれない。そして山口は気がついたのだろう、その微細なバウンドに。その追い込み方に執念に近い情熱を感じた。

 試合はその後、三浦颯太が負傷しプレーの続行が不可能に。交代のため、ピッチ外に出た三浦に代わり、ファンウェルメスケルケン際が入るまでの間に2失点目を喫する。失点自体はともに不運だったが、実力差は感じたと山口は話す。

「でも全体的に試合を見ると、やられたなという風には感じましたね。もちろん自分たちの手応えもあったんですけど、いいプレーもあったし、チャンスも実際にあったなと思いましたが、結局はクオリティの差は感じました」

 理不尽な日程も、不運な失点をも受け入れてアル・アハリに称賛を送る。その言葉から、いつかそこに追いついてやろうとの決意が感じられた。

わずか1年間での劇的な変化

 結果的に準優勝に終わったACLEファイナルズの3試合を振り返り、「成長はしましたね」と話す。

「繰り返しになりますが、メンタル的な成長が一番だったかなと思います。ああいう名前のあるチーム、選手と対戦できて、プレー中に分かったこともありますし、自分に自信がついたというのはあります」

 真っ先にメンタル面について言及した山口は、名のある選手との対戦も刺激になったと補足した。

「(準決勝のサディオ)マネのシュートとかもやっぱり速いなと思いましたし、どこからでも打ってくる。コースはそんなに良くないけど、振ってくるなとか。リバプールであれだけやってきた選手と実際対戦できて、そういうところは感じました。だから何かね、自分もやれるなっていうのは思いました。はっきり。もしディフレクティングとかなかったら、止められたなって思いましたね」

 手応えを感じたACLEファイナルズの3試合を筆頭に、川崎の正GKとしてゴールを守り続けてきた日々の中、山口が手にしたものはなんだったのか。

「具体的なサッカーの技術の話ももちろんできますけど、一番印象に残るのはマインドセット(考え方)だったり自信ですかね。何もできなかった失点はなかった。ああいう舞台で失点が多かったなという印象はあります。だからこその課題というのは間違いなくありますね」

 また、アジアを舞台に戦うことで見えてきたものもある。「分からないことが分かってきたというか、見えてきたなっていうのがあります。相手のキーパーと比べても大きな違いはそんなにないかなとはっきり思えましたし、自分が100%のコンディションだったら全然やれると自信になりました」と言う。

 改善したいことについて質問すると、言い切れないほどたくさんあると苦笑いした。

「いっぱいあります。すごく細かいものばかりですが、ちょっとまとめると、シュートに対してのポジショニング。あとはマネジメントのところ。ゲームマネジメント、チームのマネジメント、後ろからの存在感とかをもっと高めたいですね」

 そうやって成長した先に見据えるのは、世界で戦うということ。

「やっぱりACLEは一つ大きい経験でした。世界で戦うっていうのは、僕も向こうでやっていた時期もありましたし、そういうところは分かっている部分もあるんですけど、そこまでのレベルにはまだいってなかったんで。これから頑張りたいと思います」

 紆余曲折を経て、ようやく川崎で“居場所”を見つけた山口。まだ27歳。さらなる高みへ、その歩みを止めることはない。

(江藤高志 / Takashi Eto)



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江藤高志

えとう・たかし/大分県出身。サッカーライター特異地の中津市に生まれ育つ。1999年のコパ・アメリカ、パラグアイ大会観戦を機にサッカーライターに転身。当時、大分トリニータを率いていた石崎信弘氏の新天地である川崎フロンターレの取材を2001年のシーズン途中から開始した。その後、04年にJ’s GOALの川崎担当記者に就任。15年からはフロンターレ専門Webマガジンの『川崎フットボールアディクト』を開設し、編集長として運営を続けている。

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