大舞台でまさかのミスも「準備していた」 ロナウドとの駆け引き…世界を驚かせた勝利の“裏側”

キャリア最大の経験となったACLEファイナルズ
川崎フロンターレGK山口瑠伊は、今季開幕からポジションを掴み、日々戦い続けている。その中でも大きな経験となったのが、サウジアラビア・ジェッダで行われたAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)・ファイナルズの3試合だった。準々決勝のアル・サッド戦を皮切りに、アル・ナスルとの準決勝、アル・アハリとの決勝を戦った。この3試合にフル出場した山口は「キャリアの中で一番の経験だったかなと思っています」と回想した。(取材・文=江藤高志/全4回目の3回目)
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逆風の中で始まった大会だった。組み合わせ抽選会直前に大会日程が変更され、抽選の結果、最も厳しい中2日での3連戦を強いられる組み分けに。その抽選結果について「無理ですよね(笑)」と苦笑いしたが、一方で「そういうのも一つの経験だと思って。ワールドカップとかも厳しい日程があり得る。これから自分が目指しているところに行くんだったら、そういう中でもやっていかないと厳しいんじゃない?っていうのは思いました」と明かす。
抽選結果に対する理不尽さはあったが、その感情のまま大会に入っても何も良いことはない。不満を持って戦うよりも、厳しさを受け入れて立ち向かうことに思考を切り替えて大会に臨んだ。3試合を勝ち抜くために覚悟を決めた。
「試合に勝つために何でもやるみたいな日々でした。あんまり考えすぎないようにしていましたが、自分が最大のパフォーマンスを出すためのコンディションのところを一番考えました。ベタ休みもあまり良くないので。暑いからそれにも慣れていかないといけないですし。コンディションと、あとはメンタル。メンタルの部分をすごく、大事にしてました。やり続けてきたことを、そのままやりました。結局サッカーのゲームなので。いつもやっていることとは変わらないよ、というマインドセットでした」
とはいえ、中東のサウジアラビアという国で、いろいろなものが違う環境にある。戸惑いはなかったのか?
「最初はちょっとびっくりすることがあったというか、『あっ、こういう環境なんだな、こういうご飯なんだな、こういうピッチなんだな、こういうボールなんだな』というのはありました。ただ、すぐに慣れました(笑)」
ACLEファイナルズ初戦の準々決勝は、カタールのアル・サッドとの対戦だった。川崎は前半4分にエリソンが先制点を手にして有利に試合を進めたが、その直後の9分の失点は自らのミスだと言う。
「最初の試合は緊張なのかどうか分からないですけど、1点目は自分のミスで入ったというのがありました」
パスしようとしたパントキックが相手に渡り、受けた攻撃の局面でのこと。パウロ・オタヴィオの強烈なシュートに反応が遅れて失点。ミスだとの思いから頭を抱えて悔しがった。
「こういう場所でミスるというのは一つ、自分が準備していたマインドセットとか、メンタルのところで、そういうこともあるだろうというのは、準備はしていたので。もちろんミスしないことが一番ですが、ミスはあり得る。あのミスがあって、その次のプレーで、もうだめだというのがないように、すごい訓練したんですよね。それはもう日々やっていたことなので、やり続けていて、今でもやってるんですけど。で、実際にミスが起きたんですよね。だからその時はやってしまったなって思ったんですけど、すぐ切り替えることができました」
当然ミスはない方が良い。ただ、いざミスがあったときの回復のイメージを自分の中で作っていた山口は、即座に切り替えてプレーを継続。それが後半21分のアフィフとの1対1につながる。
「後半にアフィフと1対1の場面があって、しっかり反応できて止められたっていうのがある意味一つの成長だなと思っていて。この舞台で切り替えられた。『ミスして自分はもうだめだ』って、その後のプレーに影響するのではなく、ミスを忘れて、チームを勝たせることができたかなと思います」
試合は2-2で延長に突入。延長前半8分に脇坂泰斗が決勝点を決めて勝ち上がりを決めた。
C・ロナウドとの“駆け引き”
川崎は4月27日にアル・サッドとの準々決勝で勝利し、4月30日のアル・ナスルとの準決勝を中2日で戦う強行日程に入る。「ただ、この2日間がすごく難しかったです」と振り返る山口にとって、大きな存在となったのが石野智顕GKコーチだった。
「トモさんが居てくれて、次の試合にいい準備で臨めたというのが一つあります。ミスして、じゃあ次どうなるっていう話し合いとかもしました」
気持ちを整え、いい準備をして臨んだのがクリスティアーノ・ロナウド擁するアル・ナスルとの準決勝だった。サウジアラビアのリヤドを拠点に構える準ホームチームとの対戦になったが、入場者数は2万8810人にとどまった。
「それぐらいでちょうど良かったというか。本当にいい雰囲気だったなって。決勝みたいにすごくうるさくはなかったので。それは良かったですね」
川崎が準決勝、決勝を戦ったキング・アブドゥッラー・スポーツシティ・スタジアムは、3階層の客席を持つサッカースタジアムで、そそり立つスタンドが醸し出す臨場感は独特のものがあった。そのアル・ナスル戦で、山口はファインセーブを連発した。
3-2で迎えた試合終盤。一方的に押し込まれる試合展開の中、ロナウドがゴール正面のフリーキック(FK)を連続して蹴る場面があった。後半アディショナルタイム4分のFK、ロナウドは、壁に阻まれた直前のFKの裏をかくように壁の下を通すグラウンダーのシュートを狙った。だが山口はこのシュートに素早く反応し、足でセーブ。同点ゴールを許さなかった。
「ああいう場面は考えもしないですね」
無意識に身体が動いたと話すが、布石はあったと言う。
「その前に2回ぐらい同じくらいの位置からのフリーキックがあったんですが、2回とも壁の上を狙って両方とも壁に当てて。だから3回目はさすがにちょっと変えるんじゃないかなと。距離も近くて、絶対にキーパーの方に来るなと。その時だけはいろいろと考えました」
いろいろな選択肢を事前に想定していたこともあの足でのファインセーブにつながっていたが、山口自身はその後のプレーの方が印象深いと話す。
「みんなあのFKの話をするんですけど、自分が一番満足したというか、試合を見返していていいプレーだったなって思うのは、そのFKの後に、またロナウドがコントロールしてシュートして、それをキャッチした場面なんです。それは本当に嬉しかったです」
FKを足で弾き出したあともアル・ナスルの攻撃は継続しており、緊迫感のある時間帯は続いていた。そんなその一連の流れを、山口はシュートキャッチで断ち切っている。
「ただ、そのキャッチはあんまりみんな覚えていないんですよね(笑)」
そう苦笑いする山口は「足でFKを止めたあとに、スローイングか何かでまた攻撃されて、すぐにミドルを打たれて。ダイビングキャッチしました。その時、リプレーとか見ると僕の顔がズームされてるんですが、めっちゃ笑ってて。ベロ出して『シャー!』って(笑)」
ちなみにシュートを打たれた直後は誰が打ったのかは分からなかった。「あまり気にしなかったんです、誰だったのかとか。でもその後に、もしかしてロナウド?ってなって」。嬉しさが増したという。山口を含む多くのサッカー選手にとってロナウドは「レジェンドですよね。レジェンドの中のレジェンド」という存在なのだからなおさらであろう。
なお、この試合はミドルシュートで2失点を喫しているが、いずれも丸山祐市の体にあたり弾道が変化していた。
「両方ともシュートが、マルくんに当たったんですよね。ディフレクションが2回。だから、打つのは大事だなって思いました。何があるか分からないので」
ディフレクションによるものだと悔しがるのではなく、ミドルシュートの有用性を口にするのが山口の思考の面白い所。Jリーグと世界との差を体感した2失点だった。(第4回に続く)
(江藤高志 / Takashi Eto)

江藤高志
えとう・たかし/大分県出身。サッカーライター特異地の中津市に生まれ育つ。1999年のコパ・アメリカ、パラグアイ大会観戦を機にサッカーライターに転身。当時、大分トリニータを率いていた石崎信弘氏の新天地である川崎フロンターレの取材を2001年のシーズン途中から開始した。その後、04年にJ’s GOALの川崎担当記者に就任。15年からはフロンターレ専門Webマガジンの『川崎フットボールアディクト』を開設し、編集長として運営を続けている。





















