周囲から懐疑的な視線「任せて大丈夫なのか?」 セカンドGKに訪れた“リセット”「試されてる」

川崎フロンターレ守護神の山口瑠伊【写真:徳原隆元】
川崎フロンターレ守護神の山口瑠伊【写真:徳原隆元】

今季から長谷部茂利監督が就任した

 川崎フロンターレGK山口瑠伊は、ここまで守護神としてリーグ戦27試合に出場している。GKに必要なメンタルの強さ、そして石野智顕GKコーチとの運命の“出会い”について、東京五輪世代の27歳が語った。(取材・文=江藤高志/全4回の2回目)

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 セカンドGKとしてプレーしていた山口に転機が訪れたのは2025年シーズンのこと。2017年から8シーズンにわたり川崎を率いていた鬼木達前監督に代わり、長谷部茂利監督が就任することになった。

「やっぱり監督が変わるということはリセットされるっていうことで、一回自分の中で精神的な部分で準備していたので、そこはやっぱりチャンスだなと思っていました。まあ、だから何だろう。控えとか何番手とか考えずに、やっぱり自分に集中して、最大のプレーを出せば絶対にいい評価をしてもらえるというのは信じていたので、そこを考えながらやっていました」

 大半のコーチングスタッフが入れ替わる中、山口が川崎への移籍の理由の一つとしていた石野智顕GKコーチは留任し、新シーズンが始まった。そんな25年シーズンの山口は、開幕前の沖縄合宿からファーストGKとして試されていた。恩納村での事前合宿では練習試合のうち、2日間が公開された。1つ目の試合日はFC琉球戦、そしてもう1日がヴァンラーレ八戸と沖縄国際大学との対戦日だった。

 山口はFC琉球戦、八戸戦の両方の試合で1本目に出場。序列の変化を感じさせる中、公式戦初戦となったアウェイのAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)の韓国・浦項スティーラーズ戦、そしてJ1リーグ第1節の名古屋グランパス戦で、長谷部監督は山口を先発起用。今季の正GKが山口であることが明らかになった。ところが山口は公式戦2試合を終えてもまだ、自らの立場に確信が持てていなかったという。

「最初の4−0で勝利した浦項戦は枠内シュート0でしたし、名古屋戦も4−0で勝って、枠内シュートもほぼなかった。だからそういう意味でも、まだ自分のプレーをちゃんと出し切ってないんじゃないかなって思っていました。だから監督がどう思っているか分からなかった。僕は試されてるっていうのもちょっと頭の中にあったので」

 その一方で「今年は僕が正GKなんだなと思っていました」とも話す。

「自分の中では、僕が一番なんだと、もう最初から言い聞かせていたんです。でも今考えてみると、やっぱりJリーグで何試合か積み重ねてから、試されている期間が終わったというか、少し信頼が得られたのかなと思えるようになりました」

 自信を持って、油断することなく挑み続ける。それが良かったのだろう。その後も山口は試合出場数を積み重ね、名実ともに正GKとしてのポジションを手にした。

 2016年に川崎加入後、チームの黄金期を最後尾から支えてきたチョン・ソンリョンからポジションを奪うのだから、GKとしての技術が高いのは間違いない。そんな山口がGKとして最も重要だと考えている能力がメンタルだ。

「キーパーというのはほぼメンタルだと僕は思っているので。技術はみんな持っている。だから最後はやっぱりメンタルなんだなと思っています」

 そこに付け加えるとすると「どういう経験してきたのかっていうのはすごく大事だと思います」と山口。ユース時代を過ごしたフランスや、スペインでのプロ生活ではトップレベルでのプレーを経験できたわけではない。

「向こうに行っていてもサブのキーパーだったり、1つカテゴリー下のBチームで出たりしていたので。やっぱりトップチームでスタメンで出るというのは一つの目標としてずっとやってきたことなので、そこに向けて、もがいてもがいて、今の自分があるっていうのはありますね」

 出場のために経験が必要なポジションでありながら、思うように経験が積めていない現状がある。周囲からは「任せて大丈夫なのか?」という見方もされたが、だからこそ自らを信じることが重要なのだと山口は語気を強めた。

「自分を信じることがすごく大事で。自分を信じなければ誰が信じるんだって。自分を信じられていないのに他の人からは評価されないだろうって思うので、自分から本当に心から信じて、自分を信じないと。まずは。ファーストステップはそこなんだなと思います」

石野智顕GKコーチとの出会い

 山口が大事な存在だと公言するのが、石野智顕GKコーチだ。試合経験が少ない自分の技術を信じ続けることは「一人だけでやっていくのは難しい」と感じるからこそ、「GKコーチっていう存在はすごく大事だと思います」と語る。「ここに来る前にもGKコーチは誰なんだ?っていうのをまず調べて。それが一つのすごく重要な情報でした」と明かす。

「僕にとって、本当にトモさん(石野智顕GKコーチ)の存在というのは、非常に大きいです。GKコーチってあまり評価されない。だから僕ははっきり言うんですけど、すごいと思います」

 そう話す山口はGKコーチと、GKとの関係性でしかわかり得ない経験を口にする。

「去年は半年控えでやっていた中で、上手くなりたいので、自主練とかトモさんに『ちょっと手伝ってください』っていう思いがあって。でもそれを自分から言ったわけではないんです。でも、トモさんからも『成長させたい』っていう気持ちが伝わってきて、そういう波長が合った時にすごく結果が出るんですよ。だから今年のちょっと去年と違うところもトモさんのおかげかなと思います」

 以心伝心と言えるような関係性を石野GKコーチに感じた山口は、日々の練習の中から自信を深めていった。今季序列を覆したからこそ、ある感情も芽生えた。

「今年使ってもらった中で、ここで満足しないで、やっぱりもっと上を目指そうとなったときに、どこを目指すべきか、石野GKコーチと話し合いました。チームとしてはチャンピオンになること。個人的には日本代表に選ばれること。そう言うところを目指しながら、やっていこうっていうのをトモさんから言われたんです。それは選手としてすごくありがたいし、嬉しいことでした」

 そして「満足はもちろんしてないですし、自分のポジションをキープするのが一番難しいって僕は思っているので。油断は絶対していないですし。まだまだ成長するところはいっぱいあるので」と口にした。

 昨年8月14日に川崎に移籍してきたばかりの山口は、この1年で大きく成長し、経験を積んだ。その戦いの日々の中で身につけた感覚が一つあるのだという。

「いろんな大会を経験したことで、チームのいい時と悪い時が、すぐ分かるようになりました」

 その結果、フィールドプレーヤーに対する声がけも変化してきたのだという。

「今話しているのはチーム全体のことについてです。今までは『自分自分』ってやってきたんですが、サッカーはチームスポーツなので。優勝するためには、自分だけじゃなくて、一人一人がマックスを出していかなければならない。だからそこに貢献できるように、自分からマネジメントしていかないといけないなという風に思っています。そういう役割というか、そういうのも分かってきました」

 今季の川崎は、監督交代による戦術の変化や、シーズン中の選手の移籍など、チームの変化を十分に消化しきれていないが、だからこそGKの立場から関われることは多い。厳しさを増すタイトル争いにも山口は積極的に関わっていく覚悟だ。(第3回に続く)

(江藤高志 / Takashi Eto)



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江藤高志

えとう・たかし/大分県出身。サッカーライター特異地の中津市に生まれ育つ。1999年のコパ・アメリカ、パラグアイ大会観戦を機にサッカーライターに転身。当時、大分トリニータを率いていた石崎信弘氏の新天地である川崎フロンターレの取材を2001年のシーズン途中から開始した。その後、04年にJ’s GOALの川崎担当記者に就任。15年からはフロンターレ専門Webマガジンの『川崎フットボールアディクト』を開設し、編集長として運営を続けている。

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