移動費は個人負担、シャワーなし…2部の“過酷環境” 元日本代表の告白「それが当たり前」

ちふれASエルフェン埼玉のバンディエラ・薊理絵さんのセカンドキャリアはキッチンカー店主【写真:増田美咲】
ちふれASエルフェン埼玉のバンディエラ・薊理絵さんのセカンドキャリアはキッチンカー店主【写真:増田美咲】

更衣室もシャワーもない荒れた土のグラウンドで練習 それでも楽しかった

 元なでしこジャパンで、ちふれASエルフェン埼玉でプレーしていた薊理絵(あざみりえ)さん。チームの中心選手として長年牽引してきたバンディエラだが、今はキッチンカー「Cafe GOOD DAY(カフェ グッデイ)」の店主をしている。激動の現役時代を振り返りながら、当時の想いを「FOOTBALL ZONE」の独占インタビューで語ってくれた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・砂坂美紀/全3回の2回目)

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 サッカー選手からキッチンカー店主にキャリアチェンジした薊理絵さん。ちふれASエルフェン埼玉で14年間プレーした。スピードあふれるサイドアタッカーとして活躍し、常に「目標はエルフェンで優勝すること」と語っていた。なでしこリーグ通算254試合出場、91得点。6度のリーグ昇降格を繰り返すチームに所属していた選手生活は「いろいろありましたね」と彼女は眉尻を下げて、いつもの少し困った表情で苦笑いする。

 2007年、埼玉平成高校卒業後に当時の「ASエルフェン狭山FC」へ入団。日本女子サッカーリーグ2部(なでしこリーグ ディビジョン2)だったクラブでは、アマチュア選手として働きながら、試合などの移動費は個人負担で月謝を払っての選手生活だった。毎回変わる荒れた土の練習グラウンドは、更衣室もシャワーもなく、汗だくのまま夜に帰宅する毎日。それでも楽しかった。

「ボールや用具も個人で持ってきて、練習をしていました。車の中で着替えを済ませて、練習をして、グラウンド整備をして帰る。当時はそれが当たり前でした。もちろん大変でしたけど、エルフェンでプレーするのが好きで」

 自主練習で黙々とスプリントトレーニングをこなす薊さんの姿が印象に残っている。普段の柔和な雰囲気とは全く違う。何かを振り払うように、走り続ける姿には鬼気迫るものがあった。

チームスポンサーがついて環境が整った 名監督と代表選手から多くを学ぶ

 2010年に1部昇格を果たして、ようやく個人負担が減った。2011年に化粧品メーカーのちふれがチームスポンサーになってからは、プレーする環境が整った。2013年には専用の練習グラウンド、トレーニング施設を備えたクラブハウスが完成。松田岳夫監督が就任し、元なでしこジャパンのGK山郷のぞみ、FW荒川恵理子、FW大野忍、MF伊藤香菜子らが加入すると、求められるサッカーの質が変わった。

「環境も良くなって、サッカーのレベルがどんどん上がりました。なかでも、松田監督との出会いが一番大きかったですね。頭を使ってプレーするようになりました。パスの強弱や走るタイミングなど緩急をつけることでサッカーの幅が広がりました。プレー以外でも、食事や休息など元代表選手から学ぶことが多かったですね」

 24歳だった彼女は、急成長を遂げた。ボランチに配置されると、持ち前のスピードに加えて、巧みな駆け引き、的確なキックからのチャンスメークも身につけた。

「松田さんには、ポジション取りに関しても『ボールに絡みに行け』『狭くてもパスをもらえ』『どこにでも顔出せ』と言われて。パスも強弱を考えて、相手を釣るような緩いボールなど『状況考えた選択をしろ』と指導されて、必死にやっていました。頭がパンクしそうでしたが、とても勉強になったし、すごく楽しかったです」

入団以来、常にチームの中心であり続けた薊さんにとって、不慣れなポジションを経験することで、プレーの引き出しが増えることが喜びになった。ときにはサイドバックでプレーすることもあり、無尽蔵のスタミナと献身的なディフェンスでチームの1部昇格に貢献した。

シャトルランでは代表トップレベル キャプテン宮間と同部屋に

 2013年には2部リーグのクラブ所属ながら、なでしこジャパン(日本女子代表)に初選出された。なでしこジャパンの合宿初日に行われた体力テストのシャトルランでは、トップレベルのスタミナを見せつけた。代表では、サイドバックとして期待された。

「やっぱり代表はレベルが違うと思いました。そのなかでプレーして、すごくありがたい経験をさせてもらいました。エルフェンで優勝することだけを考えてきたなかで、日本を代表して世界と戦うことの難しさと、誇りを感じました」

 当時、なでしこジャパンのキャプテンだった宮間あやさんと同部屋になったことがある。日本代表の雰囲気に圧倒されて緊張する彼女に、宮間さんは「そんなに気負わないで、自分のプレーを出せばいい」とアドバイスをしたという。

「そこから、肩の力を抜いてプレーすることができました。今でも覚えていますし、大切にしている言葉です」と、当時を懐かしみながら答える。

店頭に飾られている、日本代表時代のトレーディングカードはファンからのプレゼントでいただいた【写真:増田美咲】
店頭に飾られている、日本代表時代のトレーディングカードはファンからのプレゼントでいただいた【写真:増田美咲】

こだわりの走りができず現役引退 クラブアンバサダーを経てキッチンカー店主に

2019年になでしこリーグ2部で得点王に輝いた翌年、2020年に引退を決めた。2021年にクラブアンバサダー就任が発表された。

「現役引退を決めた理由は、走れなくなったからです。どれだけ人より走れるかにこだわっていたので、チームメイトと同じくらいじゃダメ、ダントツの一番でなくなった時に、もう自分が許せなくなって……自分の強みが出せなくなってしまうと思って。プレーするのは終わりにしようと決心しました」

 周囲からは引き留められたというが、スピードとスタミナへのこだわりは譲れなかった。

 それから3シーズン、クラブアンバサダーとして全力を尽くした。エルフェン愛あふれる彼女はアイデアを次々に実現する行動力に優れていた。選手時代から目標としてきた優勝することは叶わなかったが、後輩にその夢を託した。

 2023年10月に退職し、自らの夢である飲食店の経営に向けて動き出した。2024年3月には、キッチンカー「Cafe GOOD DAY(カフェ グッデイ)」をオープン。看板メニューの「イモッフル」はワッフル生地にイモを練り込み、ふわっとした食感がたまらない逸品だ。トッピングは埼玉県川越市産のイモ、イチゴ、チョコレートなどから選べる。温かいイモッフルに冷たい生クリームとトッピングの相性が良く、飽きのこない味わいだ。

 商品を受け取るカウンターには、歴代のエルフェンの選手たちのトレーディングカードが飾られている。もちろん、日本代表時代の薊さんのカードもある。店名に込められた、「良い日」になるよう、多くのお客様とのあたたかなやりとりが日々続いている。

 エルフェンのホームゲームにも出店し、スタジアムグルメの定番になっている。サポーターたちがキッチンカーに集まって笑顔で会話を楽しみ、薊さんの焼く「イモッフル」を手に試合観戦を楽しんでいる。そんな様子を愛おしく見つめる彼女は、やはりエルフェン愛にあふれている。(第3回に続く)

(砂坂美紀 / Miki Sunasaka)



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