Jリーグで「一切しなかった」 海外で芽生えた心の余裕…「あんた、ミスってるよ」に返した言葉

バンクーバー・ホワイトキャップスの高丘陽平【写真:本人提供】
バンクーバー・ホワイトキャップスの高丘陽平【写真:本人提供】

MLSでプレー、GK高丘陽平も実感「そのあたりが、僕のマインドの変化」

 MLS(メジャーリーグ・サッカー)のバンクーバー・ホワイトキャップスでプレーする29歳のGK高丘陽平は、現地での経験を通じてマインドが変化し、「お客さんが楽しめるような表現者になりたいと考えるようになった」と明かす。ワールドカップ出場とさらなる飛躍を目指すなかで、高丘は未知の地への挑戦にも意欲を示す。「日本人があまり行かない場所へ」。その静かな野心の先に見据えるものとは――。(取材・文=元川悦子/全8回の5回目)

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 2025シーズンのMLSは折り返しを迎え、いよいよ後半戦の佳境へと突入する。バンクーバー・ホワイトキャップスは今季好調を維持しており、このままいけばタイトル獲得も現実味を帯びてくる。その流れのなかで高丘がチームの原動力となれれば、自身のキャリアにとっても大きな飛躍の足がかりとなるだろう。

「日本にいた頃(横浜FC→サガン鳥栖→横浜F・マリノス)の自分は、『サッカーに全集中すべき』『ピッチ上が全て』という思いが非常に強く、ほかのことは遮断してきました。でもMLSに来てからは、『サッカーはエンターテインメントなんだから、お客さんが楽しめるような表現者になりたい』と考えるようになった。自分のメンタル面が微妙に変化してきたんです」

 そんな心境の変化を象徴する出来事として、高丘は1つのエピソードを語ってくれた。

「印象的なエピソードを挙げると、ゴール裏にいた熱狂的なおばちゃんに『あんた、ビルドアップ、ミスってるよ、大丈夫』と声をかけられた時のことですね(笑)。次にゴールキックでスタンド近くに行った時、『あれで良かったでしょ』と軽く返しましたけど、全部無視するのもつまらない。遊び心を持ちながらやろうと思ったんです。MLSのスタジアムは2万人台の収容のところが多く、ピッチとスタンドがすごく近くて、いかにして熱狂を生むかをよく考えたうえで設計しています。だからこそ、そういう会話もできるんですが、僕自身はJリーグ時代にそういうことは一切しなかった(苦笑)。柏の日立台とかでもサポーターの声がガンガン聞こえてきますけど、反応したことはなかったですね」

 高丘は続けて、「そのあたりが、僕のマインドの変化なのかもしれません。いい意味で“心の余裕”が生まれたところもあるんでしょうね」と照れ笑いを浮かべる。

 サッカー文化は国によってさまざまだ。その違いを肌で感じられたことはMLS移籍の大きな財産と言える。現在は、2026年北中米ワールドカップ(W杯)出場を目標に掲げているが、30代以降には新たな環境にも挑戦してみたいという思いもあるという。

「僕は今、29歳なんですけど、30・34・38歳でW杯がある。40歳までは現役選手を続けたいと思っているんですけど、現実的に考えると30・34歳の2度のW杯が自分にとっては現実的なチャンス。そこに向けて、もっともっと成長していかないといけないと思っています。(横浜F・)マリノスからMLSに来て、このリーグの醍醐味を味わえたので、30代になってからは他の国でもプレーしたいなという願望を抱いています。もともと希望していた欧州が第一目標。レベルの高いクラブに行ければいいですね。MLSから欧州に移籍する選手も結構いますし、チャンスは皆無ではないと考えています」

「日本人があまり行ったことのない環境」での挑戦も視野

 さらにアメリカ近隣のメキシコや南米にも関心があるという。一般的な日本人選手とは違った人生を切り開いていく覚悟だ。

「アメリカから近いメキシコ、南米なんかも興味があります。メキシコに関しては、今回のクラブW杯で浦和レッズがモンテレイに0-4で敗れたのを見ても分かるとおり、強いチームがいくつかある。そういうところに行ければ、自分の飛躍につながると思います。南米のブラジル、アルゼンチンも面白いですね。せっかくサッカー選手としてプレーさせてもらっているので、日本人があまり行ったことのない環境に行って、『開拓者』として挑戦するのは、やりがいのあること。MLSに来た時もそういう気持ちが強かった。移籍は自分でコントロールできないことも多いので、今後の流れに身を任せていこうと思います」

 充実したキャリアを送るためにも、まず今の環境でできることを全てやり尽くすことが重要だ。日本代表入りのためにも、バンクーバーで突出した実績を作ること。それが直近のテーマにほかならないはずだ。

「今、ホワイトキャップスはウエスタン・カンファレンス(西地区)15チームで失点数が最少。6月26日のサンディエゴFC戦で5失点、7月5日のLAギャラクシー戦で3失点と立て続けに失点を食らった分、だいぶ数字が増えましたが、まだ最少はキープしていますし、そこはまず目に見えるところで維持したいです。そのうえで、世界と戦うには多種多様なシュートを止められるスキルを磨かなければいけない。相手の強度やテクニック、豊富なシュートの選択肢に対応する力も身に付けないといけない自覚はあります。ただ、こちらに来て2年半が経ち、確実にできることは増えている。そういう自分をグレードアップさせて、1年後のW杯の大舞台に立てるように努力していきたい。W杯は子供の頃からの大きな夢ですし、そのために自分が取り組めることは全てやりたい。強い意欲と野心を持ってチャレンジしていきます」

 異国の地で自らの存在価値を証明し続ける29歳の守護神。その挑戦は、まだ途上にある。静かに闘志を燃やし続ける高丘陽平の姿に、日本サッカー界も改めて注目すべきだろう。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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