「彼が連れてきた日本人だから」 欧州サッカー界で効果絶大…“信頼のパスポート”

欧州クラブでのキャリア形成…日本人に門戸を開き続けてきたモラス雅輝
欧州で活躍する日本人にとって、最初の難関は「活動の場を得ること」だ。オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルディレクター、育成ディレクター、U18監督を兼務するモラス雅輝は、その現実を知るからこそ、日本人に門戸を開き続けてきた。選手をはじめ、指導者やトレーナーまで、海外できっかけを得た日本の若者たちは、どのように異国の環境と向き合っているのか。海外挑戦における戦略的キャリア形成の重要性に迫る。(取材・文=中野吉之伴)
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日本人が海外で活躍するためには、まず活動の場が確保されていなければならない。だが、プロクラブの扉が誰にでも開かれているわけではない。優れた指導者やトレーナーであっても、ただ待っているだけで声がかかるわけでもない。現地のネットワークに入り込んでいかなければ、チャンスを掴むのは難しいという現実がある。
そんななかオーストリア2部のザンクト・ペルテンには、これまで日本人の選手や指導者、スタッフが複数名在籍。この環境を作り上げたのが、クラブのテクニカルディレクター、育成ディレクター、U18監督という三職を兼務するモラス雅輝だ。欧州のプロクラブでこれだけの役割を担う彼へのクラブの信頼は非常に厚い。
モラスは、自身が築き上げた関係性を最大限に生かし、若い日本人に門戸を開こうとし続けている。その最たる例が二田理央だ(2024年6月に浦和レッズへ完全移籍→2025年7月に湘南ベルマーレへ期限付き)。
二田は、サガン鳥栖ユースからトップチームへ昇格後、当時オーストリア2部のヴァッカー・インスブルックにレンタル移籍。モラスが当時監督を務めていた3部所属のセカンドチームで主力として21ゴールを挙げ、得点王に輝いた。モラスがインスブルックからザンクト・ペルテンに移籍したタイミングと同時期の2022-23シーズンに、二田も同クラブにレンタル移籍し、その後、2023年7月に完全移籍へと至った。
現在ザンクト・ペルテンのトップチームに日本人選手はいないが、セカンドチーム(U21)には佐野豪と久松大燿の2人が所属している。佐野は清水エスパルスジュニアユースから14歳でスペインへ渡り、その後モンテネグロを経由し、オーストリアへ。サイドバックを主戦場に欧州で奮闘中だ。一方、興国高校時代に10番を背負って活躍していた久松は、50メートルを6秒2で走るスピードが武器のアタッカーだ。
2人がプレーするU21チームはオーストリア4部リーグ。サッカーのレベルだけを見れば、日本やアジア諸国のクラブのほうが高い場合もある。
「そのとおりだと思います。必ずしも、海外のセカンドチームのほうがレベルは上とは言えない。ヨーロッパとはいえ、どのクラブに行くかで状況は変わってくると思います。ただ、ヨーロッパでプレーすれば現地のスカウトに見てもらえる可能性が高く、現地クラブのスポーツディレクターも把握しやすい。またヨーロッパでプレーしている実績のほうが、現地クラブの強化部からすると、『このくらいのレベルなんだな。このくらいのことができるな』というふうに、プレーの比較がしやすい」(モラス)
「昇格率は10%以上」セカンドチームに所属するメリット
モラスは、プロへの道筋がどのように作られているかを正しく知ることが重要だと説く。例えば、オーストリア3部のクラブからオファーが届いたとする。4部よりも条件は良くリーグレベルも上だが、そこから2部や1部へとステップアップできる可能性は、実はそれほど高くないのが現実なのだ。
「オーストリアでは、3部から2部へ上がる選手はほんの数%です。よほど活躍しなければ声はかからない。それが現実です。一方で、プロクラブのセカンドチームに所属するメリットがあります。それはトップチームへの道が確実に存在すること。ザンクト・ペルテンのU21チームからは、今季2~3人がトップチームに昇格します。数字で言えば、昇格率は10%以上。プロを本気で目指すのであれば、プロになるための道や可能性について、真剣に考えることも大事だと思います」
ザンクト・ペルテンでは、U21に直結する提携クラブも存在する。6部リーグに所属するシュプラツェルンがサードチームの位置づけにあるのは、若手選手にとって貴重な環境だ。佐野もこのチームでの活躍が評価され、わずか半年でU21へ昇格を果たした。
現在は、かつて大津高校時代に全国高校サッカー選手権大会(2021年度)で準優勝を経験し、福岡大学に進学した川副泰樹が同チームに所属。欧州でのキャリアアップを目指し、日々奮闘している。
また、ザンクト・ペルテンでは国際プロジェクトの一環として、日本人トレーナーのインターン受け入れや、日本語版SNSやホームページを通じて欧州サッカー現場からの情報発信をスタートさせている点も興味深い。
トレーナーとして3年目を迎える原辺允輝は現在、女子チームに同行。ザンクト・ペルテン女子はオーストリアリーグで10連覇中、UEFA女子チャンピオンズリーグの常連だ。原辺の丁寧な仕事ぶり、どんな雑務にも嫌な顔一つせずにこなす姿勢、ポジティブな雰囲気を作り出し、いつでも話したくなる空気作りは、選手やスタッフから厚い信頼を寄せられている。
取材で滞在中、印象的な場面に出くわした。スタジアムのオフィス前を歩いていた原辺が、スポーツディレクターのクリストフ・フライタークに呼ばれて部屋に入っていった。もともと別の予定があるとのことで、軽く立ち寄って話をする程度かと思いきや、話は思いのほか盛り上がり、30~40分ほど楽しげに談笑が続いた。
そんな原辺から、オーストリア・ブンデスリーガの男子クラブからオファーがあるかもしれない、という話を聞いた。以前そのクラブで働いていたトレーナーが退任し、新たな人材を探していたところ、クラブ関係者が信頼する人物から原辺を推薦されたという。ほかにも候補者がいるため最終的にどうなるかは分からないものの、自分が置かれている状況をふと振り返り、その意味の大きさを噛みしめるようになった。
「いろんな選択肢があるなかで、ブンデスリーガ(1部)に昇格したクラブが、必要な人材としてネットワークの中から僕をピックアップしてくれた。そのことがもう凄いことだと受け止めています。今回は最終的に正式な声がかからないかもしれないけど、そうしたところで戦えているという実感は、今後の自分にとってとても大きいものになると思います」(原辺)
「彼が信頼して連れてきた日本人だから」の後ろ盾
現在、ザンクト・ペルテンには原辺に加え、もう1人の日本人トレーナー・山口聡一郎が所属し、育成チームを中心に活動している。また、指導者としてチャレンジしている若者もいる。モラスが監督を務めるU18チームでコーチを務めているのが、大阪体育大学を休学中の横田晃明。そして2024-25シーズンからは、羽生光輝がU16チームのアシスタントコーチとして加入した。2人は日々、プロクラブの現場で指導者として研鑽を積んでいる。
「横田は選手と年齢が近いこともあって、すごく仲良くやっている。臆することなく懐に飛び込んでいく感じがとてもいい。ただ時に、その距離が近すぎることもあるかな。羽生は逆にとても真面目。細かい仕事にも丁寧に取り組めるのは彼の強みだけど、真面目すぎて選手との距離がなかなか縮められないともったいない。それぞれ性格やアプローチには個性があるけど、切磋琢磨して成長してほしいと思います。2人には、ここでの経験を今後への力にしてほしい。彼らはまだコーチという立場。指導者としてさらに成長するには、いつかどこかで監督として、責任を担うポストに就くことが必要になる。そこで何ができるか、何を学ぶかですね」(モラス)
ザンクト・ペルテンにおいて、モラスの存在は少なからず日本人たちの支えとなっている。現地の人々は親しみをもって接してくれ、片言のドイツ語でも真剣に耳を傾けてくれる。もちろん、彼ら自身の人間性や日々の努力があってこそだが、「モラスが信頼して連れてきた日本人だから」という背景が、確かな後ろ盾になっているのも事実だ。
こうした恵まれた環境が常に得られるわけではない。だからこそ、強い意志を持って海を越えてきた彼らには、日々の取り組みと積み重ねを大切にしてほしい。現地の言葉を学び、文化や習慣を理解し、自らの存在を積極的に発信していくこと。周囲との信頼関係を築きながら、現状に甘んじることなく、やがて自らの意志で“コンフォートゾーン”を飛び出していけるような土台を、じっくりと築いてほしいと願うばかりだ。(文中敬称略)
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。




















