飛び出し不発→失点も「落ち着いていた証」 町田GK谷晃生の新境地…一発退場の教訓と成長

代表戦に出場、町田で失点…24歳の守護神・谷晃生の思考回路に迫る
最終ラインの背後へ抜け出してきた相手FWを止めようと、迷わずにペナルティーエリアの外に飛び出しながらかわされ、同点ゴールを決められる。6月14日のJ1リーグ第20節・湘南ベルマーレ戦の後半17分に喫した失点を、FC町田ゼルビアのGK谷晃生は「自分が落ち着いていた証だと思っています」と意外な言葉とともに振り返った。日本代表として同月5日のオーストラリア代表戦でも先発フル出場した、24歳の守護神の思考回路に迫った。(取材・文=藤江直人)
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選択肢は2つしかなかった。自軍のゴールマウス前でステイするのか。それとも、ペナルティーエリアの外へ積極果敢に飛び出していくのか。町田の守護神、谷晃生は迷わずに後者を選んだ。
雨が降り続ける湘南ベルマーレのホーム、レモンガススタジアム平塚に乗り込んだ6月14日のJ1第20節。町田が1点をリードして後半17分だった。湘南の日本代表DF鈴木淳之介が最終ラインから放った縦パスをMF小野瀬康介が落とし、さらにDF大野和成がワンタッチで利き足の左足をヒットさせる。
完璧なスルーパスに、町田のハイラインの背後を突いたFW福田翔生が反応する。ハーフウェイラインより敵陣へ少し入ったエリア。直前に投入されたばかりの福田はすでにトップスピードに到達していて、必死に対応した町田のDF岡村大八を瞬く間に置き去りにしながら、一直線に町田ゴールへと迫っていく。
最後の砦となった谷はこんな思いを抱きながら、ペナルティーエリアの外へ飛び出していった。
「あそこで前へ飛び出すのが自分のスタイル。なので、自分のなかでは、全く問題ありませんでした」
しかし、主導権は完全に福田が握っていた。敵陣の中央あたりでドリブルのコースをわずかに左へ変えると、最後はスライディングで止めにきた谷を軽やかにかわす。そのままペナルティーエリア内の左側まで到達したところで切り返しを選択。追走してきた岡村がスライディングで仕掛けたブロックをも鮮やかにかわした。
失点シーンを回想「本当にギリギリの部分だった」
残るはゴールのカバーに入った町田のキャプテン、DF昌子源しかいない。福田は冷静沈着に昌子の動きを見極めながら、ゴール右隅へ狙い済ました一撃を放つ。逆を突かれた昌子は動けない。この間、谷も必死に戻ってきたが、右ポストに当たって無情にも自軍のゴール内に転がるボールを見送ることしかできなかった。
「本当にギリギリの部分だったというか、あれで(前へ)行っていなかったら1対1になっていたので。そこで勝負するのか、あるいは前で潰し切ってしまうのか。紙一重のようなところで、どちらを選ぶのか、という状況でしたけど、結果的に試合には勝ったので、いい方向に修正できると思っています」
福田に同点弾を許し、その後も一進一退の攻防が続いていた後半38分に、FWナ・サンホが勝ち越しゴール。町田にとって3試合ぶりに手にした白星が最大の収穫と笑った谷は、意外な言葉も紡いでいる。
「僕も高い位置を取って、(最終ラインの)背後のスペースをケアするタイプのキーパーなので、ああいう(福田に飛び出された)事態は起こり得る。あそこは相手の選手によっても判断を変えていかなきゃいけない場面ですけど、あそこで退場を選ばなかったのは、自分が落ち着いていた証だと思っています」
果敢に前へ飛び出していった場面で、万が一、谷がスライディングした勢いで福田を倒していたら。間違いなくDOGSO(決定的な得点機会の阻止)で一発退場になっていただろう。誰よりも谷自身の脳裏に、DOGSOで一発退場を宣告され、10人での戦いを余儀なくされた町田に大きな迷惑をかけた記憶がある。
2024年4月7日の川崎フロンターレ戦。1点をリードした後半26分に、最終ラインの裏へ抜け出してきたFW小林悠を、ペナルティーエリアの外へ飛び出してきた谷が右足で引っかけて倒してしまった。
山本雄大主審は迷わずにレッドカードを提示。急きょリザーブキーパーの福井光輝を投入した町田は辛くも逃げ切って勝利したものの、谷が出場停止となった続くヴィッセル神戸戦では1-2で敗れている。
町田に完全移籍へ切り替え「みなさんが知っているか分からないですけど…」
GKが抱く本音として、誰も失点を喫したくない。しかし、思いが高じすぎて退場処分となってしまえば、チームに与える傷がさらに広がっていく恐れがある。味方が必ずゴールしてくれると信じ、とっさにDOGSOを回避した谷の判断は、昨年の川崎戦を教訓にしながら遂げてきた成長の跡でもあった。
ガンバ大阪から期限付き移籍で町田へ加入した2024シーズン。谷がゴールマウスを守らなかったのは、出場停止だった神戸戦だけだった。町田のリーグ最少失点と昇格イヤーでの3位躍進に貢献した谷は、町田でのパフォーマンスが評価される形で、2024年の6月シリーズにおいて森保ジャパンへ約1年ぶりに復帰を果たした。
迎えた今シーズン。完全移籍へ切り替えた谷は、ジュニアユースから所属してきたG大阪へ別れを告げた。
「僕自身の気持ちとしては、期限付き移籍であろうと完全移籍であろうと、チームのためにしっかり戦うところは全く変わらない。みなさんが知っているかどうか分からないですけど、昨シーズンに期限付き移籍で町田へ加入した時から、(完全移籍への移行は)織り込み済みではあったので、気持ち的にも変わりはないですね」
今季開幕前にこう語っていた谷は、昌子とともにリーグ戦でここまで全20試合、1800分にフルタイム出場。継続して招集されてきた森保ジャパンでも、8大会連続8度目の本大会出場を決めた後の6月5日に敵地パースで行われた、オーストラリア代表とのワールドカップ(W杯)アジア最終予選第9節で先発を果たした。
日本代表の守護神争いは鈴木彩艶が頭ひとつ抜け出し、谷と6月10日のインドネシア代表との最終節で先発した大迫敬介が追う構図が長く続いている。4年前の東京五輪では谷がゴールマウスを守り、大迫と鈴木がベンチでスタンバイしていた。序列を逆転させていくための戦いへ、谷はこんな言葉を残していた。
「決めるのは僕たちじゃなくて監督なので、そういった競争のなかにしっかりと加わっていきたい。彩艶や大迫選手を含めて、素晴らしいキーパーが大勢いるので、彼らと競争しながら自分を高めて、周りがどうこうではなく、自分がいいパフォーマンスといい結果を残すことだけにしっかりとフォーカスしていけたらと思う」
代表戦で吸収「視野がちょっと広がったかな」
パフォーマンスと結果の観点でいえば、後半にビルドアップのパスをミスしてピンチを招き、後半終了間際の失点で0-1と敗れたオーストラリア戦はどうだったのか。谷は「結果は伴わなかったけど」とこう続けた。
「いろいろなものを自分の中で吸収できたし、少し違った世界が見えてくるのかなと思っています。実際に何か吹っ切れたというか、帰ってきてからは少し余裕が出ているというか、視野がちょっと広がったかな、と」
オーストラリア戦は谷にとって3試合目の代表戦だったが、海外組を含めた陣容で先発するのは初めてだった。開幕まで1年を切った2026年北中米W杯での代表メンバー入りへ、本当の意味でスタートラインに立てた思いが谷をちょっぴり饒舌にさせた。その視線は7月の韓国での戦いへも向けられ始めている。
「それまで残り3試合、しっかりといいパフォーマンスができればと思っています」
7月に韓国で開催されるE-1サッカー選手権に伴い、リーグ戦が一時中断するまで残り3試合。8勝4分8敗で9位の町田に貯金をもたらし、少しでも順位を上げていくためにも、昨シーズンの20節終了時と比べて「8」増えている失点を減らしていくパフォーマンスが、谷に課されたミッションとなる。
(藤江直人 / Fujie Naoto)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。





















