他国の審判員と相部屋、厳戒態勢も「警備員に固められ…」 国際大会で味わった衝撃

女子W杯や五輪予選も担当した井脇真理子さん「いろいろなものが見えた」
日本女子サッカーは現在、国内ではプロリーグとしてのWEリーグが発足し、なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)の過半数が海外でプレーする選手になるなど広がりを見せている。審判員として国際舞台で活躍する女性も増えてきたなか、2023年限りで女子1級審判員を勇退した井脇真理子さんも草分け的な存在の1人。教員と審判員を両立する難しさ、国際大会で味わった衝撃など“審判界のリアル”を語った。(取材・文=轡田哲朗/全3回の2回目)
【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!
◇ ◇ ◇
公立中学校で教員を務める傍ら、井脇さんは1999年に女子1級審判員の資格を取得し、女子トップリーグが「Lリーグ」(Lリーグ→なでしこリーグ→WEリーグと変遷)と呼ばれていた当時から主審としても活動。そのなかで、2003年から女子ワールドカップ(W杯)や五輪のアジア予選、あるいはアジア選手権にも国際審判員として派遣されるようになった。
「私は基本的にAFC(アジアサッカー連盟)の大会が多かったのですが、アジアの女子サッカーの過渡期で、各代表チームにも差がありました。今でこそ頑張って成熟してきている国でも、当時は技術的にまだちょっと……というチームもありました。でも、選手もスタッフもすごく一生懸命やっていて、国を挙げてそれを応援しているとか、いろいろなものが見えました」
日本から派遣されていく審判員という「プライド」があったと口にする。というのも、そうした国際大会では個人の出来・不出来も含め、何事も「日本の審判は」と見られてしまう側面があるからだ。
「フィットネステストは、大会直前に現地で走るんですね。そこに1つのピークを合わせなければいけない。もちろん最大のピークは試合に合わせるのですが、テストで走れなければそもそも試合を担当できない。それも、ただ受かればいいわけではなくて、トップグループにいないといけない。『それが日本だよ』と。先輩たちもそうしてきているし、自分たちも当然そうでないと、っていうプレッシャーですね。どちらかと言えば審判をすることは、日本でやっているとおりにやれば間違いはないという自信はあったのですが、怪我をしてはいけないし、走れないのは絶対に許されないと思っていました」
当時の思い出として、「ルールブックにしか出てこないような、『犬が試合中にピッチに入って来てボールに当たったらどうするか』というようなことが本当に起きそうになったりして」と笑う。また、環境についても「大会期間の3週間程度は別の国の審判員と2人部屋ということもありましたね。最初はビックリしましたが、運営にはお金がかかるから削減しているのだろうと感じることもありました」と振り返る。

審判界の厳しい現実「派遣の仕事でないと続けられないという仲間もいた」
2007年に北京五輪アジア予選では、緊張感が漂うオーストラリアと北朝鮮のゲームを担当し、「スタジアムへ入る時も帰る時も、警備員に固められる形でした。歴史的に大変なゲームが過去にあったとのことで、それを受けて私たち日本人4人が担当審判団になりました。とにかく4人でやるべきこと、できることをすべてやらないと終われない試合だねって言って臨んだのを覚えています」と舞台裏を明かす。さらに東南アジアでは、「パトカーみたいな車に乗って、サイレンを鳴らしてスタジアムに入り、戻る時もサイレンを鳴らして出ていく」という体験もしたという。
審判員のキャリアとして振り返ればそれも良い思い出かもしれない。一方で「特に国際(審判員)になってからは、(正社員ではない)派遣の仕事でないと続けられないという仲間もいました」という厳しい現実を打ち明ける。
その意味するところは、「国際大会は何週間、1か月以上という単位で出なければいけないものがほとんどなので、年に何回も審判活動が入ってくると、『ちょっと正社員では難しい』と言われてしまう」というもの。そうした舞台を託されることで手当はあり、他国の審判員の中には「それで家を建てたと言っていた国の方もいる」という。それでも「私たちはそうではないので、そういう意味ではやっぱり審判1本の生活を決意するのは厳しかったと思います」という環境だった。
井脇さん自身は「職場では先生方や生徒たちから応援してもらえていたし、家族からもそうです。恵まれたと思います。ただ、時期的に参加が難しい大会のアポイントはキャンセルしたこともあります」と振り返るが、男女にかかわらず現在のサッカー界でも難しい一面として、この問題は残っている。
こうした審判員の報酬は大会ごとに決まっているものであり、例えば同じ大会に男女の審判員が混在していても、そこに差は付かない。しかし、男女によって大会そのものに格差があることが多い。
井脇さんは「女子の大会で、チームの優勝賞金やMVPの報酬なども含めて差があるのは、それだけ女子サッカーがより魅力ある存在にならなければいけない、ということなのかなと。女子サッカーに関わる人は全員、お客さんを呼べて、みんなが楽しいと思って応援してもらえるコンテンツにしなければいけないと、今も思いながら努力していますが、そう認めていただくにはもう少しかかるのかもしれません」と課題を口にしていた。
(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)