「40歳のオッサンが頑張っているのに」 町田の練習場に黒田監督のゲキ…3368日ぶり一撃で呼ぶ奮起
町田のベテランFW中島は後半戦のキーマンになるか
運命に導かれたかのような縁を、FC町田ゼルビアのFW中島裕希は感じずにはいられなかった。
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ホームの町田GIONスタジアムで9月8日に行われた、アルビレックス新潟とのYBCルヴァンカップ準々決勝第2戦で、中島は2トップの一角で先発した。最後に先発に名を連ねたのは、昨年8月2日の天皇杯ラウンド16までさかのぼる。そのときの相手はくしくも新潟。場所も同じ町田のホームだった。
クラブ史上で初めてJ1を戦う今シーズン。公式戦での中島の先発はなく、途中出場もリーグ戦で後半33分から途中出場した7月12日の横浜F・マリノス戦だけ。ルヴァンカップでも途中出場で2試合に出場した一方で、富山第一から2003年に加入した古巣、鹿島アントラーズとの3回戦を含めた3試合でベンチに入っていない。
今シーズンのJ1を戦う20クラブのなかで、フィールドプレイヤーでは最年長となる40歳の中島を、黒田剛監督はなぜ先発に抜擢したのか。答えは試合後に発した中島の第一声に凝縮されていた。
「いやぁ、疲れましたね。前からどんどんプレスにいかなきゃいけなかったので。でも、うまくプレスがかかって相手に蹴らせて、そこでセカンドボールを拾ってからのショートカウンターという形で、数多くのチャンスを作っていたので、プラン的にはよかったと思っています」
敵地・デンカビッグスワンスタジアムで4日に行われた第1戦で、町田は0-5の惨敗を喫した。パリ五輪代表のFW藤尾翔太が前半32分に一発退場。数的不利に陥った状況で、新潟のFW長倉幹樹に4ゴールを奪われた90分間でただ一人、気を吐いたのが後半19分から途中出場した中島だった。黒田監督が言う。
「普段の練習は言うまでもなく、第1戦でもチームを鼓舞するプレーを見せてくれた」
中島の投入後も、町田はさらに2失点を積み重ねた。それでも闘志を失わずに、最後まであきらめない姿勢を示した中島を、黒田監督は“らしさ”を取り戻すためのキーマンとして先発に指名した。2-0で勝利しながら、2戦合計2-5で敗退を喫した試合後の公式会見。指揮官はこう語っている。
「先発で送り出した40歳の中島裕希を軸としてチームは戦えていた。中島がスイッチを入れて周りも連動できていたし、われわれが意図するプレスからいい形で攻撃に転じられていた。相手の5得点というアドバンテージはひっくり返せなかったが、次のアビスパ福岡とのリーグ戦へ気持ちをもっていけるように、ホームで、なおかつクリーンシートで勝ちたいという思いが選手たちの奮起につながったと思う」
第1戦からの3日間のインターバルで、黒田監督は「40歳のオッサンがこれだけ頑張っているのに、何か感じるものはないのか」と練習で檄を飛ばした。これには中島も苦笑するしかなかった。
「あの敗戦からのそのアプローチがすごすぎて、めちゃくちゃプレッシャーがかかっていました。いやいや、そう言われても、と。ただ、やらなきゃと思わされまし、今日も前半はうまくハマったと思う」
中島としては練習でも試合でも、いま現在の自分にできるベストのパフォーマンスを実践したにすぎない。それでも、サッカーにかける真摯で一途な思いは前半41分の先制点をも生み出した。
右サイドからFWナ・サンホが通したパスへ、中島はペナルティーエリア内を相手ゴールから遠ざかる形で近づいた。ボールを自らの眼前で通過させた次の瞬間に、意表を突いて体を反転させて右足を一閃。ゴールの左隅にねじ込んだ技ありのワンタッチシュートは、日々の練習で積み重ねてきたものだと中島は笑う。
「あれはけっこう練習でやっていて、その感覚があったので思いきって振ってみようかな、と」
公式戦では昨年6月7日のツエーゲン金沢との天皇杯2回戦以来、459日ぶりに決めたゴール。J1相手の試合に限ればモンテディオ山形時代の2015年6月20日、サンフレッチェ広島に1-5と大敗した1stステージ最終節で一矢を報いて以来、実に3368日ぶりとなるゴールの味は格別だった。
「どのチームが相手でもJ1から取る得点というのは、俺にとってはやはり気持ちいいものですよね」
翌2016シーズンから中島はJ2へ再昇格した町田へ移籍する。鹿島、ベガルタ仙台、山形に次ぐチームで、2018シーズンまでの3年間で54回も先発で2トップを組んだ盟友、鈴木孝司と敵味方として再会した。キックオフ目前のわずかな時間で、ハーフウェイライン越しに鈴木と交わした会話を中島はこう明かす。
「俺が先に点を取って、あいつが次に、みたいな。あいつは取れなかったですけど」
古巣の町田相手に無得点に終わった35歳の鈴木は、有言実行でゴールを決めた中島にあらためて脱帽した。
「裕希くんっぽいがむしゃらさというか、ゴールを決める、という意気込みがすごかった。実際に結果を出すあたりはやはり裕希くんだし、40歳になってもゴールへ向かうあの姿勢は、自分も見習わないといけない」
J2リーグにおける通算記録で、中島の出場531試合、104ゴールはともに歴代で2位にランクされる。そのうち町田で274試合、48ゴールをマークし、レジェンドと呼ばれる存在となって久しい中島の今シーズン初先発は、FWエリキとの交代でベンチへ下がった後半10分で終わりを告げた。
「ちょっと左足が痛くなって。よく覚えていないけど、走っているときに足首を捻っていたみたいで」
「町田らしさを取り戻せた」リーグ戦でも40歳の躍動がカギ
前線からのプレスを含めて、沈滞気味だった町田をがむしゃらに鼓舞し続けた代償だと中島は笑う。それでも、中島の先制点の4分後にMF下田北斗が追加点を奪い、迎えた後半は無得点に終わったものの、新潟より2本多い7本のシュートを放って手にした白星の価値を中島はこう語った。
「この勝利で町田らしさを取り戻せたというか、チームを再びひとつにするきっかけにもなると思う」
天皇杯でも筑波大の前に初戦で敗退した今シーズンの町田にとって、残された戦いはリーグ戦だけとなる。代表ウイークで中断する前の一戦で、浦和レッズと2-2で引き分けた町田は広島に勝ち点55で並ばれ、得失点差で4ポイント差をつけられた2位へ後退している。中島が続ける。
「今日みたいに全員がハードワークして守って、セカンドボールを拾って、といった戦いができれば、残り9試合でも勝ち点を積み重ねていける。リーグ戦に集中できる分だけ、優勝できるチャンスがあると思っている」
週末に再開されるリーグ戦で、町田は14日に福岡のホーム、ベスト電器スタジアムに乗り込む。中島は福岡相手にJ2を含めたリーグ戦23試合で11ゴールをマーク。町田に限れば8試合で5ゴールを量産していて、2017年4月には敵地で後半42分、45分、50分とわずか8分間でハットトリックを達成した。
「相性はいいと思うので、はい」
験のいいスタジアムでの一戦へ、中島は穏やかな笑顔を浮かべてスタジアムを後にした。オーストラリア代表ミッチェル・デューク、韓国代表オ・セフンがアジア最終予選を終えて復帰する一方で、藤尾の出場停止処分が持ち越され、荒木駿太も負傷離脱とFW陣を欠いて迎える福岡戦。再び存在感がクローズアップされてくる大ベテランの手には、試合後に鈴木と交換した新潟のユニフォームが握られていた。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。