チェルシー女子日本人は「未来の大物」…“世界一”名将が称えた逸材、成長誓う20歳の肖像【現地発コラム】

チェルシーの浜野まいか【写真:Getty Images】
チェルシーの浜野まいか【写真:Getty Images】

「英語もスウェーデン語もできないけど、みんなと仲良くなれるんです」

 なでしこジャパン(日本女子代表)は現地時間7月25日、パリ五輪のグループリーグ初戦スペイン戦に臨む。18人のメンバー中、過半数の10人が五輪初出場。その1人である20歳の浜野まいかは昨季、イングランド女子1部チェルシーの一員としてリーグ優勝を経験した。なでしこジャパンでのデビューからおよそ2年、パリ五輪での活躍にも期待が懸かる「未来のビッグプレーヤー」は何者なのか。慣れない異国の地で奮闘した若きストライカーの肖像に迫る。

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 若くて速いが、どこか古風で熱い。昨季、チェルシー・ウィメンで見た浜野まいかの印象だ。

 初めて接したのは、昨年11月後半のホームゲーム前。当人は、手術を要した左肩の怪我から回復中でスタンド観戦。筆者も一般席でのプライベート観戦だったが、女子チームも追う旧知の番記者の紹介で話をすることができた。

 外国生活だけは長い年配者として、言葉も文化も違う環境への適応具合を尋ねてみた。当時19歳の浜野は、同年1月のチェルシー入りと同時のレンタル移籍が怪我で打ち切られ、ハンマルビーから戻っての暮らしも日が浅かった。

 すると、「英語もスウェーデン語もできないけど、みんなと仲良くなれるんです」との反応。「人間も(言葉に頼らない)動物だなと思った」と微笑む浜野を前に、昔に比べると一般的に子供の頃から“外国”との距離が近い、「今時の若者らしいな」と感じたりもした。

 19歳だった頃の自分など、大学に入って1人暮らしを始めるだけでもドキドキしていた。パスポートすら持っていなかった。その点、浜野はプロ選手として日本を離れ、手術・入院まで経験。40歳近い年齢差は横に置いて「凄いな」と思えた。

 ベンチ入りするようになってからは、記者席から眺めた。浜野は、試合前のウォームアップ中も楽しそう。無邪気とも表現できる笑顔を見せる。イングランド代表CBでキャプテンのミリー・ブライト、オーストラリア代表CFで得点源のサム・カーのようなベテランとも、内輪だけの複雑なパターンを交えたダップ(ハンドシェイク)を交わしながらニコニコ顔。同世代のFWアギー・ビーバー=ジョーンズとは、先発メンバーの入場前に、バックスタンド側にあるベンチまで、じゃれ合いながら走って行く姿も目にした。

 監督だったエマ・ヘイズ(現アメリカ代表監督)も、年齢よりさらに若く見える逸材を大事に育てていた。言わば、昨季序盤の段階で今夏の退任が発表されていた指揮官の「置き土産」のよう。直線的スピード、素早い連係、ゴールへの積極性など、持ち味を発揮しやすいカードを選んでチャンスを与え始めていると理解できた。

 無論、注文レベルは高い。在籍12年で主要タイトル計14冠のヘイズは、男子部門も含めてチェルシー史に残る名将だ。今年3月、出番のなかったレスター・シティ・ウィメンとのリーグ戦(4-0)後、強豪での挑戦を始めた浜野に現時点で何を求めるかを訊いてみると、こう言っていた。

「ワールドクラスに囲まれている環境で成長を続けること。フィジカルの面でも。周りとのプレーを通じて、判断と精度を磨き続ける努力も必要ね」

「成長継続」への決意

 ウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)での初先発は、4月17日のアストン・ビラ・ウィメン戦(3-0)。過去7戦7勝と相性の良い、中位相手のホームゲームだった。とはいえ、僅差の優勝争いを演じていた自軍にとっては必勝の一戦。チェルシーは、ヘイズ体制最終シーズンのタイトル第1号を懸けた前月末のリーグカップ決勝に延長戦で敗れてもいた。

 浜野のWSL経験は、途中出場2回の計27分間のみだった。しかし、初のフル出場を果たす過程で、初の得点も記録。ピッチ上での姿には、朗らかな試合前後とは対照的に「気合」という言葉が似合う。アストン・ビラ戦は、入魂の90分間だった。

 3トップ左サイドで先発すると、アタッキングサードで1度目のボール奪取に成功するまでに、試合開始から1分とかからなかった。はやる気持ちを抑え切れないかのように、オフサイドでチャンスをふいにもしたが、その1分後には、ゴール前至近距離で反応鋭くチーム2点目のネットを揺らした。前からの守備でも俊敏な新FWには、終盤に相手ゴールキックをブロックして自身2点目に迫る場面も訪れた。

 試合後、本人はチェルシーでの初ゴールを次のように振り返っている。

「なかなか出られない時間が続いていて、練習でも毎日チームのみんなに本当に助けられていて、もちろんエマにも、ほかのコーチにも。ワンタッチのシュートだったけど、とにかく気持ちで押し込んだっていう形でした」

 監督が言っていた「成長継続」にも決意がみなぎる。

「周りから学んで、それを自分のものにしてやるっていう気持ち。浜野まいかは浜野まいかだけど、ほかの人も自分の中に入れ込むじゃないけど、新しい自分を作っていく。今のまいかに上乗せして、どんどん成長できるように1人1人から学んでいきたい。

 フィジカルは、最初の頃、弱いって自分で思っていて、そう思っていたプレーでもあったけど、自信をつけることによって気持ちでどうにでもなるって本当に思う。毎日の練習で怖がらずに身体をぶつけることであったり、1つ1つ自分でチャレンジすることを見つけてやっている感じです」

 夏にはパリ五輪へと続くシーズン大詰めに臨む意気込みも、「このシーズンの成長っていうのは、それが土台になるわけですけど」と切り出しながらも、「世界一」と言って尊敬する監督への恩返しが「1番」だった。

「このチームで優勝したい。みんな、エマにトロフィーをあげたいって思っているなかで、(リーグカップ決勝で)ああいう負け方をてしまって。自分自身、ベンチで何かもっとできることがあったんじゃないかとか、振り返る部分は結構あったんですけど、まずはピッチに立ってチームを助けられるように日々アピールしていきたいと思います」

なでしこ“先輩”からのエール

 ヘイズのホーム最終戦でもあった5月5日のブリストル・シティ・ウィメン戦(8-0)、前半2分にチーム1本目のシュートを打った浜野は、最終的に得失点差がものを言うリーグ優勝争いで優位に立つ大勝に、再び先発フル出場で貢献した。優勝に王手をかけたトッテナム・ウィメン戦(1-0)では、3度目のリーグ戦先発で決勝ゴール。最終節マンチェスター・ユナイテッド・ウェイメン戦(6-0)での優勝決定はベンチのまま見届けたが、オールド・トラッフォードでの優勝セレモニーでは、最前列でシャンパンのシャワーを浴び、トロフィーを掲げる前に一瞬、落としそうになって笑顔を見せる浜野の姿があった。

 ヘイズ曰く、「現時点でも戦力になる未来のビッグプレーヤー」として、チェルシーでの昨季を終えた浜野。その立ち位置は「なでしこジャパン」でも同様だ。

 タイミングは前後するが、1月のFAカップ戦でチェルシーに敗れたウェストハムの植木理子は、当日はベンチ外だった日本人の後輩にかける言葉を尋ねると、「違う場所で、お互いがいい活躍をして、なでしこジャパンに持って帰れればいい。高め合いながら、ここでやっていきたい」と答えてくれた。

 植木らとともに戦うパリ五輪が終われば、浜野にとって2年目のイングランド挑戦が始まる。人懐こい笑顔と渾身のプレーを見せながら、スピードとテクニックのほかに、「気持ち」でも勝負できるFWが成長に励む姿が楽しみだ。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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