町田の十八番ロングスローを止めるには? 鹿島が取った“対策”ともたらした効果【コラム】
鹿島はロングスローに対してマーカーを置く作戦
ピッチ上にそれまでとは異なる光景が生まれたのは25分だった。FC町田ゼルビアがホームの町田GIONスタジアムに、鹿島アントラーズを迎えた3月9日の明治安田J1リーグ第3節。敵陣の右サイドで町田がスローインを獲得した直後に、スローワーを務める右サイドバック、鈴木準弥が苦笑いを浮かべている。
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副審へ何かをアピールするように、右手で指さした先には鹿島の左サイドハーフ、仲間隼人がいた。しかも、タッチラインからわずか1メートルほどの場所に立っている。仲間の位置が「近すぎる」と鈴木は訴えたのだろう。歩み寄ってきた副審からもう少し離れるようにうながされた仲間は、ほんの少しだけ距離を取った。
しかし、実際に鈴木がスローインする刹那に仲間は再び距離を詰め、投げる眼前でジャンプして背中を向ける。町田の十八番になっているロングスローを投げにくくさせる鹿島の対策に、鈴木は試合後にこう言及した。
「いやぁ、あれ、きつかったですね」
鹿島のゴールキックとなった前半25分の場面は、町田にとって2度目のロングスローだった。最初は開始4分。左サイドから左サイドバックの林幸多郎が投じたときにも、鹿島の右サイドハーフ、ギリェルメ・パレジが自軍のゴールまでの間に立ちはだかっている。しかし、パレジとタッチラインとの距離は5メートル近く離れていた。
このときは鹿島のゲームキャプテン、DF植田直道が頭でクリアして町田が左コーナーキック(CK)のチャンスをつかんだ。その後の前半13分に町田のFW平河悠に先制ゴールを決められ、追う立場となった鹿島としては、失点につながるすべての可能性を排除するためにも、ロングスローへの対策を徹底せざるをえなくなったのだろう。
サッカーの競技規則は、第15条でスローインについて定めている。そのなかには「すべての相手競技者は、スローインが行われる場所のタッチライン上の地点から2メートル(2ヤード)以上離れなければならない」とある。
さらに「反則と罰則」の欄には「スローワーを不正に惑わせる、または妨げる相手競技者は、反スポーツ的行為で警告される。スローインが既に行われた場合、間接フリーキックが与えられる」とも綴られている。妨げる行為には、言うまでもなく「スローインが行われる地点から2メートル(2ヤード)以内に近寄ることを含む」とある。
つまり鹿島はルールに抵触しかねない状況を承知の上で、最悪の場合はイエローカードや間接フリーキック(FK)の対象になってもいい覚悟で、町田の鈴木と林が立つタッチラインから2メートル以内にマーカーを接近させたわけだ。
ロングスローを巡って、両チームが静かな火花を散らした攻防で目を引いたのは後半44分。右サイドから鈴木が、前後半を通じて6本目のロングスローを投じようとしたときだ。マーカーを務めた途中出場のFW師岡柊生が鈴木の目の前、わずか50センチほどの距離に近づき、飛び上がりながら空中でさらに背中を向けた。
次の瞬間、鈴木はロングスローを中断した。ひと呼吸おいて投げ直した意図を、試合後にこう語っている。
「あれは僕としての駆け引きもありました。途中で止めたのは相手がかなり近づいてきたのもありましたし、そこで(投げ直しで)時間を使うことにもつながる。そのあたりをちょっと考えてやりました」
黒田監督の狙いと鹿島に響いた“ジャブ”
鈴木のアピールを受けた招待審判員のエルファス・イスマイル主審から、次はダメだぞと注意を与えられたのだろう。鈴木が投げ直した場面で、師岡は2メートル以上の距離を取らざるをえなかった。何よりも試合終了が近づいていた状況で、15秒前後の時間を要した投げ直しは町田にとってプラスに働いていた。
実際問題として、鹿島のロングスロー対策は効果があったのか。名古屋グランパスとの第2節に続いて“ウノゼロ”の勝利を収め、2勝1分の無敗で暫定2位タイに浮上した試合後に鈴木はこう答えている。
「いや、そんなに気にならないですけどね」
名古屋戦の決勝点は鈴木のロングスローが起点になった。名古屋にはね返されたセカンドボールを拾った鈴木がすかさずゴール前へ絶妙のクロスを供給。パリ五輪世代のFW藤尾翔太が頭でゴールネットを揺らした。
しかし、高校サッカー時代はともかく、センターバックを中心とする相手選手のサイズやプレー強度がはるかに上回るプロ、それも最上位カテゴリーのJ1で、ロングスローが奏功するとは黒田剛監督も考えていない。それでも多用するのはなぜなのか。J2を戦っていた昨シーズンに、指揮官はこう語っている。
「ロングスローを左右からどんどん投げ込むことによって、フォワードを含めた相手の全員が(守備のために)一度ゴール前まで戻らざるをえない状況になる。町田のゴールが入る、入らないは別として、これはウチにとってすごく大きな効果がある。どのような流れになろうと、相手に何を言われようと、ルールとして認められている以上は相手の嫌がるプレーを徹底して繰り返す。それがジャブとして少しずつ効いていく」
両手を使うロングスローはボールの軌道をコントロールしやすい。一方でキックほど威力がないため、クリアする側もそれほど大きく弾き返せない。町田にセカンドボールを拾われてチャンスを作らせないためにも、相手チームも自軍のゴール前にフィールドプレイヤー全員を帰陣させて守らざるをえなくなる。
鹿島で言えば、町田戦の後半8分に左サイドから林が投じた、通算4本目のロングスローをゴールライン際でカットし、前方へ大きくクリアしたのはFW鈴木優磨だった。自軍のゴール前からFWを含めたアタッカー陣が攻撃に転じるたびに、必要以上に体力を消耗させる。黒田監督が指摘する「ジャブ」となるわけだ。
しかも町田はリスクマネジメントも徹底させている。相手のカウンターを食らわないために、極力プレーを終えさせて守備陣が戻る時間を作る。90分に鈴木が投げた7本目の最後のロングスローでは、こぼれ球をペナルティーエリアの外からMF安井拓也がシュート。ゴールの枠を大きく外れた一撃は、求められるプレーでもあった。
初めてJ1を戦う今シーズンは、右サイドから鈴木が、左サイドからは林がロングスローワーを務める。J2を制した昨シーズンは主にDF翁長聖(現・東京ヴェルディ)が務めていたが、仮にロングスローワーが1人だけだと、逆サイドでロングスローを獲得した場合にピッチを横断する時間が余計にかかる。
鹿島が講じた対策も「気にならない」
そうした状況を踏まえて、FC東京から加入した昨夏以降でロングスローワーを務めるケースもあった鈴木に加えて、明治大時代にロングスローワーを務め、このオフに横浜FCから加入した林が大役を担っている。
青森山田と同じく、町田も敵陣のタッチライン際にタオルを置いている。ロングスローの際に滑らないように、ボールの表面を拭くためだ。昨シーズンはこれが時間を稼いでいると批判の対象となったなかで、鹿島戦では鈴木がユニフォームの上着で一度ボールを包み、あるいは両手を拭くなどしてタオルを使っていない。
何よりも前出の競技規則第15条のどこにも、ロングスローに言及している項目は見当たらない。ルールに抵触しないプレーの一つであるロングスローを、必要以上に時間を要さないための工夫を加えながら、勝利をもぎ取るための手段の一環としてフル活用している。黒田監督は昨シーズンにこう語ってもいる。
「相手にクレームをつけられる理由もないので、そこはぶれずにやっていきたい。よく(私は)勝利至上主義と言われていますけど、勝利至上主義と勝利にこだわる姿勢、細部にこだわる姿勢は全然違うと思っています」
スローワーにマーカーをつける鹿島の対策も、自軍のゴール前に配置させるフィールドプレイヤーが1人減って9人となる状況を招いただけでなく、実際に投げる側の鈴木からは「そんなに気にならない」と看破された。冒頭で鈴木が「きつい」と苦笑したのは、仲間がルールを逸脱して接近してきた点を指している。
町田は敵陣のアタッキングサードでスローインを得た場合にのみ、ロングスロー戦法を取ってくる。激しい攻防が繰り広げられるなかで、そのエリアでだけスローインを与えない、というのも無理がある。そして、鈴木や林がボールを持つたびに、結果として体力をそぎ落とされる次の展開が待っている。
町田が退場者を出した開幕戦でガンバ大阪がかろうじて引き分け、名古屋と鹿島が軍門に下った今シーズン。3試合でわずか1失点と、J1で優勝経験を持つオリジナル10を苦しめ、例えるなら“アリ地獄”に引きずり込んでいる町田の一丁目一番地に、対戦相手が防ぎようのないロングスローが刻まれている。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。