伝説のアナ・金子勝彦さんを偲ぶ 数々の人生に多大な影響…「ダイヤモンドサッカーがなければ日韓W杯もなかった」【コラム】
視聴質にこだわった「三菱ダイヤモンドサッカー」 “金子―岡野”の名コンビ誕生
金子勝彦さんに「三菱ダイヤモンドサッカー」について取材をさせて頂いたのは6年前のことだった。「マンチェスター・ユナイテッド-トッテナム・ホットスパー」を皮切りに放映された994回分の資料は、すべて整然と机上に積み上げられていた。
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1967年、当時三菱化成社長でJFA(日本サッカー協会)副会長でもあった篠島英雄氏が、日英経済人会議に出席するために渡英。現地で放送されているイングランドリーグのダイジェスト番組「Match of the day」を見たのが、番組誕生の引き金だった。
「これはいい。これから日本を背負って立つ若い人たちの一般教養になる。テレビが伝えていくべきだ」
ドメスティックな野球に染まった日本のスポーツ中継に疑問を抱いていた篠島氏は、やがて到来する国際化の時代に合わせて、世界的な拡がりを持つサッカーという競技の魅力を次世代に知ってほしかった。
こうして金子アナウンサーと、解説を務める岡野俊一郎氏(前JFA会長)の名コンビが誕生する。制作者たちの思いは通じて、番組は本場欧州の高みに熱狂する青少年たちを吸い寄せ、数々の人生に多大な影響を及ぼしていくことになった。ビデオのない時代に、全国のサッカー小僧たちは「サッカーを愛するみなさん」という金子アナの挨拶で始まる前後半に分かれた週に1度の番組を、決して見逃すまいとテレビの前に陣取った。金子さんは述懐していた。
「視聴率は1~2%の間を行ったり来たり。しかし私たちは、視聴率ではなく視聴質にこだわりました。1%が35~40万人。この方々には、オールド・トラフォードやアンフィールドを感じてほしい。またサッカーを通して、歴史や文化も学んでほしいと願っていました」
ちょうど番組がスタートした1968年にはメキシコ五輪で日本が銅メダルを獲得してブームが到来するが、その4年前に開催された東京五輪では最もチケットが入手しやすいマイナー競技に甘んじていた。だが「ダイヤモンドサッカー」を通して、確実に世界への憧憬を抱くファンが増加し、1974年には「金子-岡野」の名コンビが、日本で初めてワールドカップ(W杯)決勝を生中継する。
米ソ会談を終えたキッシンジャー大統領補佐官が軍用機で開催地のミュンヘンに到着し、スタジアムでは目の前の貴賓席に各国元首や女優のエリザベス・テーラーらが臨席する。極度の緊張感に包まれた中継だったそうだ。
先走った興奮を届けなかった名コンビ、「本質」にこだわり映像が伝える力を最優先
金子さんは、しみじみと語っていた。
「もしダイヤモンドサッカーがなければ、2002年の日韓W杯開催もなかったと思います」
確かに20世紀後半、「ダイヤモンドサッカー」は日本で唯一の世界への窓で、のちに番組の落とし子たちが自ら本場へ足を運び、その魅力を伝え続けたからこそ、今がある。プロのない日本サッカーはどん底にあえいでいたが、国内に止まらず欧州や南米への想いの強さが少年たちの夢を育んできた。
アナウンサーの金子さんも解説の岡野氏も、決して先走った興奮を届けようとはしなかった。2人はサッカーの魅力を知り尽くし、また信じていたから、映像が伝える力を最優先した。
「岡野さんは『正確な日本語で正しくサッカーを喋ろう』とおっしゃっていました。本質を伝えていくことにすごくこだわっていたのです」
映像のあふれる時代になり、アナウンサーも解説も、まさに玉石混交になった。正しい日本語や正しい用語への繊細な気配りは、明らかに希薄化している。今、歴代の技術委員長から元日本代表選手たちまで、自らプレーしてきた舞台を「ピッチ」ではなく「コート」と平然と「解説」するような事態に、天界で再会した名コンビは、どんな忸怩たる想いを吐露し合っているだろうか。
(加部 究 / Kiwamu Kabe)
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。