プロモーションの概念を覆す川崎フロンターレの挑戦

プロモーションの概念を覆す川崎フロンターレの挑戦       クラブを牽引する仕掛け人・天野春果   天野春果は、これまで川崎フロンターレが実施してきた「多摩川クラシコ」や「いっしょにおフロんた~れ」、「かわさき応援バナナ」、「闘A!まんがまつり」など、硬軟織り交ぜたプロモーションの企画を考え、実行していく「仕掛け人」である。   「僕の仕事は、このクラブを『がんばれ』って地元の人から声援をもらうだけでなく、『クラブをサポートしたい、応援したい』という気持ちを作り出すこと。『支援』するに値するクラブに導くことです。それを踏まえて企画を考える上で大事にしていることは地域性、話題性、社会性、公共性、低予算。企画は堅くならず、ウイットに富んだものを考えます。   例えば『多摩川クラシコアウェイWALKツアー』では、地元の人から聞いた多摩川から分水する二ヶ領用水の竣工400年を活かしたものです。 そこでフロンターレの武田社長を当時の奉行・小泉次大夫に扮してもらい、馬に乗せて巡検行列をする。最初は、『ふざけるなっ!』と社長に怒られましたが、最後は満面の笑みだったし、話題にもなりました」   天野の企画立案の方法はユニークである。机上で踏張って、ひねり出すことも強引に何かと何かをくっつけて考えることもしない。   「企画は、『考えないといけない』と考え過ぎても出てこない。なんとなく頭に入れていたものが何かの媒介によって、1本の線に繋がる感じです。例えば、『難局』と言う言葉は『南極』と読めるなって思ったんです。それならば、難局と呼べそうな試合のときに南極を絡めれば、南極の動物や気候、そこで活動する南極観測隊の生活を知るきっかけになり、社会性が出てくる。さらに川崎在住の観測隊員が南極からのライブ中継で始球式をすれば地域性と話題性も出てくるなと思った。   先日は地下鉄に乗っていて、化粧品の広告が目についたんです。そのとき、ふと思ったのは、『スタジアムのゲートで、その匂いのするレディースゲートを作ったらどうだろう』ということ。サンプリングになるし、商品の販売促進に繋がる。目に見えない広告で話題になるし、スポンサーが付くかもしれない。イケるかもって思うと興奮して来ましたね」   天野は「病気かも」と笑うが、いろんなことを面白がれる人間的な幅とさまざまな経験がないと、点と点を結び付けて線にすることはできない。   8年がかりで納得いく企画を実現   「最初は、大変でした。人と企業をどう巻き込んで行くのかというノウハウもないし、地域のことも人間関係や組織も把握できていなかった。しかも、なぜそういうプロモーションが必要なのか、なかなか理解や賛同を得られなかった。だから、まずは自分だけで動きました。人任せにすると自分の納得いくものができないし、自分が動けばいつの間にか周囲も動いてくれる。97年に入社し、手ごたえをつかんだ企画を実現するまで8年掛かりましたね」   思いついたアイデアを、今度は具現化するためにクライアントにプレゼンテーションする。巧みな話術を含めた交渉力が必要とされるが、天野のやり方は独特だ。   「まず、大事なのは誰が決定権を持ち、誰がコンタクトすべき重要人物なのかを知ることです。ドラえもんのキャラクターを使った企画を考えたとき、代理店を通すとほぼ100%難しかった。藤子・F・不二雄ミュージアムの館長が重要人物だと分かり、在館時を見計らってバナナを持って偶然を装って会いに行った。アポを取って行くと周囲が警戒し、ガードを固めてしまいますし、常識だけでは状況は打破できないので。   相手と話をするとき、大事なのは『フロンターレと組むと何か面白いことができるかもしれない』と興味を持ってもらうこと。南極とのコラボ企画のときは、窓口となった国家機関の国立極地研究所に協力してもらいたい内容に合わせ、クラブがどのように面白い要素を加えるのかを細かく説明した。そこで相手をクスッとさせられれば、こっちのペースになる。さらに『スポーツで日本を元気にしていきたい』。『みんなが楽しめる場を作り、みんなを幸せにしたい』。そのために力を貸してほしい、と訴えます。仕事に従事する人間の本質を突いて行くんです」    シーズン終盤は空気を読む   企画をプレゼンする際、天野は、服装にもこだわるという。   「クラブエンブレム入りのシャツで行きます。スーツで行くと何を仕事にしているのか分からない。“選手と一緒に汗をかいています”という雰囲気があった方がいいし、その方が熱意が伝わる気がするんです。その格好で電車に乗ると社員は『恥ずかしい』って言うけど、僕は平気。歩く広告塔として宣伝にもなるので」   企画にゴーサインが出た後、実現に向けて動き出す。最近は企画を提案し、実現のXデーまで1年や1年半近くの時間を費やすという。だが、完璧に準備をしたところで、それが成功するとは限らない。さまざまなリスクがつきまとうからだ。   「準備期間が長いので1年後、チームの状況が変わっている場合が出てきます。例えば難局物語の企画の準備を始めたときは相馬直樹監督体制でしたが、実施時は風間八宏監督体制になっていた。実際、監督からは、名古屋戦が難局っていうのはどうなのかっていう話が出ました。   しかもその頃、あまり勝っていなくて本当に難局めいてきていた。だから、そこは天気と一緒で運もあるんです。リスクがあるから止めようというクラブもあるけど、そんなことを言っていたら何もできないと思うんです。ただ、優勝争い、降格争いが本格的になる10月以降はウイットに富んだものはあまりやらない。空気を読むということです」

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