欧州を襲う新型コロナと“疑心暗鬼” ドイツ在住日本人が綴る「アジア人差別論」の実態

新型コロナウイルスよりも怖いのは「先入観」というウイルス

 この前、電車の中で前に座っている老婦人がコーヒーのカップを外そうとした時に力が入りすぎて、中身を結構ぶちまけてしまったことがあった。僕のところにも飛んできた。「大丈夫ですか?」と声をかけたら、「中身がコーヒーで良かった」とつぶやいていたので、「少し爆発しちゃいましたね」と僕が言ったら、老婦人も隣の席のドイツ人も笑った。その後、僕にもコーヒーがかかったことに気づいた老婦人は、「あら、あなたにもかかってしまった。ごめんなさいね」と慌てて席を立とうとしたので、「問題ないですよ。ちょっとですから。すぐに乾きますから」と笑顔で返した。ほっとした表情になった老婦人とその後、少し会話を交わす。

 取材先の街でふと立ち寄ったカフェで、とても親切な対応を受けた。静かな落ち着いた雰囲気で、お気に入りのPerfumeの歌を聞きながら美味しいコーヒーを飲む。隣のテーブルでは、1歳くらいの赤ちゃんが目の前のケーキと格闘していた。若いお父さん、お母さんが優しいまなざしで見つめている。慌ただしい日常の中で、そうした幸せを感じられる瞬間。それが大事なのではないだろうか。

 こんな時だからこそ、嫌なことをしてくる人を憎んだり、怖がったり、気を病んだりしないで、それはそれとして受け流し、それよりも自分の周りにたくさんいる素敵な人たちを大事にしたいと思う。できるだけ自然体で、できるだけ笑顔で、できるだけ親切で、できるだけポジティブで。それが新しい人のつながりを育んでいく。

 結局、新型コロナウイルスよりも怖いのは、先入観というウイルスのほうなのだから。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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