元オランダ代表の名FW、イブラ“挑発”武勇伝を告白 「何ができるか見せてくれと」
ファンバステン氏、古巣ミランへの愛情とイブラのエピソードに言及
イタリア・セリエAの名門ACミランで“オランダ・トリオ”の一獲得して活躍した元オランダ代表FWマルコ・ファンバステン氏が、イタリア紙「コリエレ・デラ・セーラ」のインタビューに応じてミランへの愛情と、元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチとのエピソードを語っている。
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ファン・バステン氏は1988年の欧州選手権で得点王を獲得してオランダの初優勝に貢献すると、同時期から90年代前半にかけてミランの不動のエースとして活躍。ルート・フリット氏、フランク・ライカールト氏と合わせたオランダ・トリオはミラン黄金期の原動力となり、東京で開催されたトヨタカップでもクラブ世界一に輝いた。しかし、選手生活の晩年は怪我に苦しみ、ほぼ2シーズンを出場できずに95年に引退を表明した。
その元エースはミランについて、自身の伝記である「フラジャイル(壊れやすいの意)」の発売を記念したインタビューでこう語っている。
「ミラノでは、私は家族の一員であるように感じた。私たちはともに一生を過ごした。私の成長を見守り、そして残念なことに私の終わりを見た。私は永遠に続くと思っていたが、仲間に38歳で引退すると告げた。最初はこのようなことになると思っていなかった。なぜ苦しみが私を感動させるのか、答えがなかった」
3回にわたるバロンドールの獲得という選手としての全盛期を過ごしたミラノでの生活をこう振り返ったファン・バステン氏は、セリエAでも2回の得点王を獲得している。高さと巧さを兼ね備えたストライカーは、歴代の名FWを挙げる企画でも名前が登場する存在でもある。
そのファン・バステン氏は、ミランに加入する前にプレーしていた母国の名門アヤックスのBチームに監督として就任した時に、当時まだ若手の血気盛んだった時期のイブラヒモビッチと出会った際のエピソードを語っている。
「アヤックスに指導者として戻ると、1人の若者が挑発してきたんだ。『あなたがファン・バステンだろう?』とボールを渡してきて、何ができるか見せてくれよとね。ただ、もはや私の足首は言うことを聞かない状態だったんだ。それが誰かって? これを読んだ人の誰もが知っていると確信しているよ。ズラタンという名前で、苗字はイブラヒモビッチだからね」
指導者としては現役時代ほどの名声を得られず、現在は国際サッカー連盟(FIFA)のテクニカル部門で仕事をする傍ら、コラムニストとしても活動しているファン・バステン氏だが、名門への愛情は変わらないようだ。そして、イブラヒモビッチにはまた一つ武勇伝が加わったのかもしれない。
(FOOTBALL ZONE編集部)