ブラジル代表で輝く「自由人サイドバック」 36歳アウベスが到達した規格外スタイル

コパ・アメリカでも輝きを放つブラジル代表DFダニエウ・アウベス【写真:Getty Images】
コパ・アメリカでも輝きを放つブラジル代表DFダニエウ・アウベス【写真:Getty Images】

コパ・アメリカで躍動 右サイドから組み立て、得点シーンにも関与

 ダニエウ・アウベスが自由だ。ブラジル代表の右サイドバック、36歳。そろそろ現役引退かという年齢なのに、コパ・アメリカ(南米選手権)でキャリアピークとも言える活躍ぶりである。

 サイドバックの攻撃参加は当たり前、ボランチ兼任の「偽サイドバック」も最近では珍しくなくなってきた。しかし、アウベスの自由度はそんなものではなかった。守備の時はサイドバックの位置にはいるが、攻撃ではリベロそのものなのだ。

 さすがに主に右サイドで動いているものの、サイドバックというよりインサイドハーフ、またはトップ下だ。組み立て、攻め上がり、アシスト、得点もする。ブラジルのプレーメーカーはアウベスであり、本来はこの方面を取り仕切るはずのフィリペ・コウチーニョはむしろ影が薄い。

 これだけ自由なサイドバックは、1982年スペイン・ワールドカップ(W杯)でのジュニオール以来だろう。あの時のブラジル代表はジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾの「黄金の4人」で有名だが、左サイドバックのジュニオールも中盤の構成にひと役買っていた。ポジション的にはMFでないかもしれないが、黄金は「5人」いたと言っていい。

 1974年W杯優勝の立役者、西ドイツ(当時)代表のパウル・ブライトナーも破格のサイドバックだった。ブライトナーも左サイドバックでありながら、フィールド全域に顔を出している。

 ただ、これには当時の事情も絡んでいた。西ドイツは守備時はマンツーマン、リベロのフランツ・ベッケンバウアーが余る方式。だが、攻撃に転ずるとマークを捨てて前へ出ることが奨励されていたのか、ハンス=ゲオルク・シュバルツェンベックとブライトナーはよく攻撃に参加している。ベッケンバウアーも含め、3人とも当時バイエルン・ミュンヘンのDFなので、バイエルンがそういうスタイルだったのかもしれない。 特にブライトナーは、マークしている相手の右ウイングなどお構いなしという感じで、ガンガン上がっていた。

 マンツーマンの守備が主流だった当時、こうしたDFの攻撃参加は流行の一つだった。守備をしない、あるいは得意ではない相手FWを置いて攻撃に出るアドバンテージがあった。

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西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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