千葉の水野晃樹が恩師・オシム氏に渡したい“手土産”

胸を打つ恩師の気遣い

 しかし、この8年間、その恩師との再会を果たすことができていないと いう。
セルティックに旅立つ直前にオシムさんのお見舞いに行った時に会ったのが最後。周りからは、いまだに『晃樹は今何しているんだ』と心配してくれていると聞く。その話を耳にするたびに本当に合わせる顔がないと心が痛む。そこまでずっと追いかけてくれていることが信じられない。でも、それがあるからもう一花咲かせたいという思いが強い」
 サッカー人生の恩師の気遣いを思い出し、それまで明るかった表情を曇らせた。今の自分では顔向けできない。その悔しさを感じずにはいられなかったのだろう。
 オシム監督は千葉時代、周りから「晃樹システム」と名付けられるほど、水野を中心としたチーム編成に取り組んでいたという。しかし水野は、それにプレッシャーも感じて いた。当時のチームメートである羽生直剛(FC東京)の話では、普段から明るい水野だが、サッカーに関しては重く受け止めてしまう一面もあったという。それについて触れると、「恥ずかしいね」と照れながら当時を振り返った。
「当時オシムさんが起用していたシステムは、自分のサイドを起点に攻めていて、坂本(將貴・引退)さんとか阿部(勇樹・浦和レッズ)ちゃんが僕の後ろを全部カバーしてくれていた。おまえは守備のことを考えなくていいから攻撃で結果を出してくれと言われていて。そこまでしてくれていたのに、結果を出せずに勝てなかったこともあった。ほとんど攻撃しかしていないのに、結果がついてこなくて連敗していた時は、自分のせいだと思い込んだりもした。泣いていたことも あったと思う」
 よく怒られたりもしたというが、オシム監督の言葉には思い返せば、深い愛情があった。その独特な指導方法は課題を提示するが、答えは与えないスタンスを貫いていたと振り返る。
「オシムさんの言葉はすごく独特で、何通りにも取れるんですよね、一言一言が。自分で考えなければいけない中で、どれが答えなのかが分からなくなることも多い。結果を出せずにいた時、掛けてくれた監督の言葉を、僕はネガティブに捉えてしまったこともあった。オシムさんの言葉の答えを聞くことは最後までかなわなかったんですけどね」

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