サッカー人生に二度の岐路「辞めるなら」 一転プロ入り決意…17大会ぶり選手権へ「歴史を変えよう」

北越3年MF金子勇太「北越の名を全国に知らしめたい」
11月4日、全国高校サッカー選手権新潟県予選準決勝。北越はインターハイ県王者の新潟明訓を1-0で下し、5年ぶりとなる決勝進出を決めた。
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北越の中盤の底に君臨したキャプテンで183センチのサイズを持つボランチ・金子勇太は、前半から長身を生かした競り合いやセカンドボールの回収で奮闘。相手の攻撃を食い止めながら、後半はビルドアップの起点となって攻撃にリズムを生み出した。
「1対1や競り合いでは絶対に負けない自信があります。ビルドアップにも関わりながら、自分も背後への動き出しやフィニッシュの部分にも自信があるので、積極的に攻撃参加もできます」
こう胸を張るように、攻守において絶大な存在感を放つ金子だが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。
中学時代はグランセナ新潟ジュニアユースに所属。CBとボランチをこなすが、トップチームでの出場機会はほとんど得られなかった。
「高校で本気でサッカーを続けるかどうか迷っていました」
そんな時、転機が訪れた。北越の試合を見て、GKから丁寧にビルドアップをしてパスワークで崩していくサッカーに興味を抱いた。「北越の練習に参加をしてみたいです」と伝えると、グランセナと北越のつながりもあって練習参加が実現。参加後にオファーが届いた。
「どこからも誘われていないので、北越以外は行っていないですし、推薦をもらえたからには『高校3年間は全力でやろう』と決めました」
だが、高校でもすぐに活躍できたわけではない。1年時からルーキーリーグには出場したものの、2年時はベンチ入りする程度で、トップチーム公式戦の出番は限られていた。それでも、金子はこの時間を「一番成長した時間だった」と振り返る。
レギュラー陣のプレーをしっかりとベンチやスタンドから見つめ、試合中の駆け引きや味方の配置を見ながら動くことを学んだ。さらに当時の主将だったDF小潟吏丘を慕い、自分の技術だけに目を向けるのではなく、周囲に気を配り、チーム全体を動かす意識も身につけていった。
荒瀬陽介監督からも「サイズもあって技術もある。絶対にチームの中心になっていく存在だと思った」と期待を込めて多くの要求や指摘を受け、「どうやったらプレーに反映できるのか考えながら練習していました」と、サッカーに対してより真摯に向き合い続けた。
フィジカル面も課題として受け止め、地道な筋トレに励んだ結果、高校入学時は177センチ・55キロという細身だった身体も3年間で約16キロの増量に成功。183センチまで伸びた身長とともに、プレーの力強さと安定感を手に入れた。
そして3年生になりキャプテンに任命されると、その責任を全うしようと常にチームを第一に考えて行動した。しかし、そこにはひとつの葛藤があった。
「自分のことよりチームのことを第一に考えていたので、自分の進路を考える余裕がなかったんです」
夏に入る前に進路面談を受けた時に初めて大学でサッカーを続けるかどうかの壁にぶち当たった。
「本当に迷いました。やるからには全力でサッカーに打ち込んで、4年後にはプロを目指したい。辞めるなら、また別の目標に向かってやっていきたい。どちらかに決めないといけないと思いました」
「この中に身を置いて本気でサッカーをやりたい」
大学でサッカーを続けるか、ここで競技生活に区切りをつけるか。気持ちは五分五分だった。そんな金子の背中を押したのが、強豪大学の練習参加だった。
地元・北信越の強豪大学と関西の強豪大学の練習に参加をすると、そのレベルの高さや選手たちの意識、練習の強度に大きな衝撃を受けた。
「正直、大学サッカーというものを何も知らない状態だったので、思っていた以上にレベルが高くて、意識も非常に高かった。実際に練習してみて本当に楽しかったし、『この中に身を置いて本気でサッカーをやりたい』と強く思ったんです」
特に心を動かされたのが、関西の強豪大学だった。練習の強度やスピードに加え、姿勢やステップワークなどの細かな身体操作、フィジカル強化まで徹底する環境に魅力を感じた。
「ここでやったら成長できると思いました」
オファーをもらったその大学への入学と、大学サッカーを経てプロになる覚悟も固めた。
「決めてからはもう迷いがなくなりました。自分により厳しくなったというか、いかに成長するか、何が足りないのか、チームを勝たせる存在になるにはどうしたらいいかと、ベクトルを自分に向けて考えるようになりました」
一度サッカーを辞めることも考えた少年が、高校3年間でキャプテンと主軸になり、今度は4年後のプロ入りを目指す。その決断は、目の前のプレーにも新たな覚悟をもたらしている。
北越が最後に冬の全国舞台に立ったのは2009年度。2019年の沖縄インターハイでは3回戦で優勝候補の青森山田をPK戦の末に破り、初の全国ベスト8に進出したが、選手権の扉は長く閉ざされたままだ。
決勝の相手はプレミアリーグEASTに所属する全国屈指の強豪・帝京長岡。舞台は金子自身、初めてプレーするデンカビッグスワンスタジアムだ。
「ビッグスワンは憧れの場所でもあるので、そのピッチに立てること自体がワクワクしますし、チームとしても『自分たちの代で歴史を変えよう』というのは今日の試合前にも言いました。今、純粋にその気持ちしかないからこそ、あと一個、勝ちたいです。絶対に勝ちます」
そして、こう続けた。
「大学サッカーに挑む前に全国大会に出て、自分の実力を周りに示したい。何より北越の名を全国に知らしめたい。強いんだぞと伝わるようにしたい」
二度の岐路でサッカーを続ける道を選んだ金子勇太。その決断が間違っていなかったことを証明するために。そして、北越の歴史に新たな1ページを刻むために――。17大会ぶりの全国選手権まで、あと1勝だ。
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。
























