戸田和幸氏の現場復帰「間違いない」 高校生の指導で広がった幅…「新たな一歩を始められた」

U-17日本選抜の選手を指導して得たさまざまな発見
元日本代表MFの戸田和幸氏は人気解説者として活躍する傍ら、今夏、オランダで開催された国際大会に臨む即席の日本チームを率いる経験をした。指導したのはこれまでになかった高校年代。短期間の活動ではあったものの、今後の指導者キャリアの幅を広げる多くの気づきと発見を得た。(取材・文=元川悦子/全3回の3回目)
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指導者に転身してから初めて本格的に育成年代を始動するチャンスに恵まれた元日本代表・戸田和幸。DAZNやU-NEXT、WOWOWで解説者として理路整然と語る彼の姿を見慣れている人たちから見れば「戸田に高校生を教えられるのか」と驚くかもしれない。しかし、今夏オランダで開かれた国際大会「MVVマーストリヒトカップ2026」でU-17日本選抜を率いた経験から、本人は新たな発見を多く得たようだ。
戸田は神妙な面持ちでこう語る。
「相手が17歳だからといって、与える内容をすごく簡単にしなきゃいけないってわけじゃないということをまず感じました。
今回のU-17日本選抜で中盤の主軸を担ってくれた名古屋グランパスユースの井内康介と静岡学園の杉ノ原芽生はポジションも関係しているかとは思いますが、理解の部分で秀でており、知識欲も高かったので、当然ながら、彼らの持っているものをこちらが理解することが重要になりますが、戦術的な会話についてはプロの時と比較してみてもまったく問題なかったですね。
情報の出し方という点では一様ではないので、チーム全体ミーティングの時に見せる映像は極力コンパクトにしたり、アニメーションを使って配置も含めたコンセプトを伝えたりしました。
それとは別にセクション・エリア・個人と分けて映像やボードを見せながら情報提供しコミュニケーションを取りましたけど、今回関わった選手たちは思ったよりも理解力が高かったなというのが正直な感想ですね。
ひょっとすると、彼らはプロの選手よりもまだ学びの余地が大きく、キャンバスが埋め尽くされていない分、吸収力が非常に高かったのかもしれません。とても真剣に話を聞いてくれた。分からなければ確認し、『勝負できるチームになろう』という自分の発信に対して非常に真っ直ぐに行動してくれた選手が多かったです」
高校生年代だとプロの選手よりも感情をストレートに出す傾向が強いかもしれない。実際、今回の1週間程度の活動のなかでも、思うように試合に関われずに意欲喪失気味になった選手がいたようだ。
選手というものは評価されて選ばれるものであり、いつも必ず試合に出られる保証はない。ただ、そこで「自分はダメだ」とか「監督が認めてくれない」と諦めて、努力するのを止めてしまったら、先には進まない。そういうことを伝えるべく、彼なりにその選手と向き合った。
「どの世界もそうですけど、上に行けば行くほど競争は激しくなりますし、不貞腐れていたら次のチャンスは来ない。僕は選手に対して命令はしないし、上手くプレーできないからといって怒鳴ることもしません。今回、自分が彼らに求めたことはとてもシンプルで、個人としてこの活動で何を得たいかを強く意識することと、日本と名がつくチームの一員として欧州勢に挑むにあたっての相応しい振る舞い、そしてパフォーマンスを発揮するめに最大限の努力を払うこと。これが基本です。
その前提で自分もコーチも選手も全力で取り組めたからこそ、即席チームにもかかわらず健闘し、3位という素晴らしい成果を挙げることができた。僕はそう考えています。
ただ、具体的な行動に従わせるようなアクションを起こさなかったことによって、試合に思ったほど出られずに不貞腐れてしまう選手も出ました。本来であれば、どんなチームであろうとも必ず試合に出られる状況はないですし、日本と名がつく選抜チームであればなおさらです。
選手の中には思ったほど試合に出られず、悔しさがそういった態度に表れたわけでしたが、不貞腐れた時点で次の機会は遠ざかってしまう。そのことを考えてもらういい機会にできたらと考えましたし、真摯に向き合いました。
この経験によって選手がどう考えるのかも観察しましたが、コーチ陣の献身的な働きかけのおかげもあって、活動が進んでいくに従って数人の選手の振る舞いは大きく変わり、試合に出場した時には精一杯チャレンジする姿も見られました。
そうやって1人1人の人間が変化していくのを見ると本当に嬉しいですね」
これまで「プロの監督」を目指して邁進してきた彼だが、この経験は幅広い年代を教えていくうえでの新たな布石になったのではないか。実際、指導現場から離れて2年以上の月日が経過し、今は「人気解説者」というイメージが定着しているのも確か。そういう人材が再び現場に戻ろうとするのは、少しハードルが高いところもある。しかも、その人物が元日本代表でワールドカップ(W杯)に参戦しているとなれば、なおさらだ。
自分の立ち位置や外からの見られ方を戸田自身も理解しつつ、今後の身の振り方を真剣に模索していく覚悟だ。
「この2年の間にいろんなクラブからコンタクトはもらいましたし、残念ながら選ばれはしませんでしたが、最終候補に挙がる経験や面談に進んだケースもありました。
『テンポラリー(一時的)でもどこかで指導を』と考えた時期もありましたが、受け入れる側にとっていついなくなるか分からない指導者を受け入れるのは簡単ではない。自分としてもいなくなる前提で指導させてもらうのでは信頼を得るのは難しいという考えもあり、『だったら無理に現場現場とならずに、1人のフットボールパーソン、指導者として解説に真剣に取り組ませてもらいながら、コーチングや語学の勉強にも時間を充てればいい』とも考えました。
今年は2月から3週間、ヨーロッパに滞在し、オランダ時代に在籍したクラブで10日日間、現場をしっかり見させてもらいましたし、4月にはサガン鳥栖で1週間、トップチームのすべての活動を間近で見て学ぶ機会も得ました。そういう時間を過ごしながら、自分として次の勝負の機会に向けた活動を行っています。
今回、縁あってミズノさんにチャンスをいただいて、U-17日本選抜のような素晴らしいチームを率いる機会を得た。アヤックスとの練習試合、欧州クラブのアカデミーが参加した国際大会でチャレンジし、結果も残すことが今後の自分にとっても、選手たちの将来にとっても物凄く重要になるという自覚を持ってやらせてもらいました。
短期の活動・短期の大会ではありましたが日本と名がつく、唯一、即席のチームとして出場した国際大会で結果を残せないと格好がつかないという自覚もあった。これが指導者としての自分の最新の実績になるわけですが、今回育成年代に携わったことで指導対象という意味では幅も広がった気がしますし、これをきっかけに今後はまた違った選択肢が増えていけば、ありがたいことですね」
その言葉の端々には、「再び現場に戻りたい」という強い感情が色濃く見て取れた。
「それは間違いないですね。この2年間もその思いをつねに持ちながら生活し、全ての活動に取り組んできましたから。出た話が消えたり、来ると聞いていた話がなくなったりと時々、苦しくなることはありましたが、それもまた指導者として通るべきプロセス。そう認識して一喜一憂せずに前を見て、必要なことを探しながら活動してきています。
今の自分は解説業にも携わる『ハイブリッドな立場』と言えると思います。ただ、解説業以上の時間を費やして指導者としても努力してきたことは事実。そういう意味で、今回のU-17日本選抜での指導と結果は個人として嬉しいものでしたし、小さな一歩かもしれませんが新たな一歩を始められたように思います」
こう語る戸田が次に進むのは、Jクラブの監督やコーチなのか。それとも育成年代なのか。今、日本サッカー協会(JFA)の技術委員長を97年ワールドユース(現U-20W杯)時代の恩師・山本昌邦が務めていることもあり、JFAに関わる可能性もゼロではないだろう。
48歳の今、彼は一番働けるタイミング。今こそ豊富な経験とインテリジェンスを日本サッカー界のために発揮してほしいものである。(本文中敬称略)
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。


















