逸材CBが惚れたJ1クラブ 争奪戦も決断…幼少期に刻まれた”記憶”「受け継がれているんだと」

岡山内定が発表された筑波大学CB小川遼也
4月17日、筑波大学CB小川遼也の2027年からのファジアーノ岡山入り内定が発表された。
【PR】ABEMA de DAZN、2/6開幕『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』全試合生配信!毎節厳選6試合は無料!
184cmの屈強なフィジカルを持ち、両足から正確なフィード、縦パスを打ち込めるのが特徴で、かつ頭脳明晰で流れを読む目、周りをコントロールするコーチング能力に長け、最終ラインの番人と呼ぶにふさわしい存在感を放つCBだ。
大学サッカー界屈指のCBとして早くから複数のJ2、J1クラブが争奪戦を繰り広げ、4クラブからオファーを受ける中で2つに絞り、最終的に岡山を選んだ。この決断の理由を聞くと、小川は「理由が2つあります」と裏側を論理立てて教えてくれた。
「1つはシンプルで自分が一番成長できる環境だと感じたところです。選手、スタッフだけでなく、クラブとしてもここから現状維持ではなく、進化と変化の足を止めずにより大きくしていこうとしている姿に共感して、僕も共に歩きたいと思いました。2つ目はクラブのDNAに共感を持つことができたことです。Jリーグの理念の1つである地域に根付いて、地元が誇りに思うクラブになることを具現化していて、かつさらにそれを深めようとしている。クラブの理念を調べたり、実際の岡山の街で少し過ごさせてもらったりする中で、1つの大きなスポンサーを持たずに地域の企業で力をあわしてまさにゼロからスタートした。そこから協賛企業が集まり、地元メディアも応援番組など時間を割いて報道して、街自体も盛り上がっている。岡山という地域のシンボルとなっている存在で、これからもっと大きくなっていくというビジョンに共感したんです。シンプルに1つのクラブ、会社として、ここで働きたいと思えたんです」
理路整然と思いを口にする中で、この決断の裏には『幼少期のある記憶』が大きく影響していた。それは小さい頃から刻まれた小川と地元クラブの関係性と、小学校低学年の時に見たある試合から紡がれた思いだった。
「僕のおじいちゃんが大のカターレファンでよく試合に連れて行ってもらっていたんです。おじいちゃんから『好きな場所に行っていいよ』と言われて、ずっとゴール裏のサポーターがいる芝生席に行って、飛び跳ねながらチャントを歌ってたんです。選手たちが見せるプレーにワクワクして、失点したら悔しくて、ゴールが決まったら嬉しくて、勝利をしたらもっともっと嬉しい。カターレの試合を見に行くことが大好きだったし、選手たちに憧れだけじゃなく、元気や勇気、日常への彩りを与えてもらったんです。そこから自分もサッカーに打ち込むようになって、プロになってあのピッチに立ちたいと思ってカターレ富山U-15に入って、U-18までプレーをしてきました。プロになることは地元の子供達に夢や希望を与える存在になるということ。実際に小さい頃から与えられ続けてもらったからこそ、今度は僕が恩返しをしないといけないし、岡山が掲げる『子供達に夢を』を体現したいと思いました」
その中でずっと忘れられない試合があった。それは小学校低学年の時に見たJ2リーグ・富山vs岡山の試合だった。富山のゴール裏にいた遼也少年は、両チームのサポーターのエール交換に感動をしたという。
「カターレとファジアーノがJ2昇格の同期で、サポーター同士で凄く交流があったんです。試合前に岡山サポーターがカターレコールをして、富山サポーターがファジアーノコールを返した。僕も大きな声でファジアーノコールをして…。その光景がすごく温かく感じて、幼少の自分に心に刻まれたんです。Jリーグの試合上は対戦しているけど、その空間を共有しているサッカーファミリーという絆と一体感を感じて、本当に幸せな気分になったんです。そこから僕の中で岡山の人たちは温かいという印象がずっとあって、実際に練習参加をしてチームの雰囲気や街の雰囲気を感じた時に、『あの時と変わらぬDNAとして受け継がれているんだ』と直感したんです。自分の中で点と点が線で繋がった感じがしたんです」
まさに導かれるかのように岡山でプロとしての第一歩を踏み出すことになった。当然、小川に対するクラブの期待も大きい。木山隆之監督、大槻毅コーチは筑波大出身で、早くから小川のことを高く評価していた。
「木山監督も大槻コーチも『絶対に来てくれ』と本当にストレートなメッセージを練習参加すると言ってくれましたし、木山監督はインカレも観に来てくれて、『まだまだ足りないところはあるけど、相当いいものは持っているし、ここから成長できるから一緒にやれたら嬉しい』と改めて言ってくれた。それが本当に嬉しかった。ここからはその期待にちゃんと応えていかないといけない。木山監督が大事にする守備のタスクをしっかりとこなして、そこからビルドアップや相手の嫌なところを突くフィードなどを駆使して、チームの勝利に貢献したい。僕は派手な選手では無いですが、愚直に謙虚にやり続けることが自分の強みなので、そこを見てもらって、少しでも岡山の誇りになるような選手になりたいです」
最後に岡山の街は心から気に入っているという。
「富山と本当に似ているんです。規模感もそうだし、左隣には広島市、金沢市という巨大都市がある。そこに負けないようにアイデンティティを作り出していこうとする姿勢も本当に似ている。本当に居心地がいいですし、この街で成長して、富山の人たちにも僕の情報が届いて、応援してもらえるような選手になりたいですね」
溢れる想いを胸に。大学屈指のCBは感謝と決意を抱いて「惚れたクラブ」での躍動を心から誓う。
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。




















