古巣復帰も…監督から「来るのが3年遅かった」 元日本代表が伝えた「ヤバいですよ」

独占インタビューに応じた西大伍氏【写真:増田美咲】
独占インタビューに応じた西大伍氏【写真:増田美咲】

西大伍「経営的にも厳しい環境で大変だと思いますけど、いい方向に進んでほしい」

 2021年に浦和レッズを契約満了となり、プロサッカー人生初の“空白期間”を強いられた元日本代表の西大伍。当時33歳でまだ十分活躍できる時期だっただけに、本人もJ1クラブからオファーが届くと考えていたようだが、現実はなかなか厳しかったという。(取材・文=元川悦子/全7回の6回目)

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「結局、話があったのは、古巣・北海道コンサドーレ札幌の練習生とFC岐阜だけ。あのときは正直、ショックを受けました」

 偽らざる本音を吐露した西。確かに2019年に日本代表でプレーしていた選手が、3年半後に無所属というのは、あまりにもドラスティックな展開である。浦和時代の週刊誌報道が影響した部分も少なからずあったのだろうが、サッカー界の移り変わりの速さを痛感させられたのではないか。

 そこで西が選んだのが、古巣復帰だった。やはり中学生時代から在籍した札幌に戻って、さまざまな経験値を還元したいという気持ちになるのも理解できる話だ。

 2022年の札幌は同じタイミングで浦和から移籍してきた興梠慎三(浦和アカデミー・ロールモデルコーチ兼パートナー営業担当)を筆頭に、田中駿汰(C大阪)、菅大輝(広島)、高嶺朋樹(名古屋)らを擁しており、タレント力は低くなかった。そこに西の高度な戦術眼と技術が加われば、上位を狙えるのではないかという期待もあった。

 しかしながら、順位は前年と同じ10位。西自身もJ1で13試合出場にとどまり、スタメンはわずか2試合しかなかった。翌2023年もチームの停滞感は拭えず、最終順位は12位。西の序列が上がることもなく、8月にはいわてグルージャ盛岡へのレンタル移籍に踏み切ることになったのだ。

「札幌は最初、練習生として入ったんですけど、『大伍はコンサドーレに来るのが3年遅かった』といきなりミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督=現名古屋)に言われて、面食らいましたね(苦笑)。

 そのまま契約はもらえたんですけど、鹿島で長く『タイトルを取る』ということを強く意識してプレーしてきた自分はかなりの違和感を感じました。ミシャのやり方を貫く意思というのは素晴らしいと思いますし、そういう考え方もあるだろうけど、『勝つ』という結果はなかなか難しかった。ミシャのスタイルを実践することが優先になっていたところがあったんでしょうね。

 札幌はJ1とJ2を行き来していた時期が長かったクラブなので、2018年にミシャが来てからずっとJ1に残してくれたという恩が強かったのかな。そのミシャが築いたベースから何ができるかが大事だったはずなのに、みんなミシャのスタイルを体現することに目が向いていた気がします」

 西は札幌で育った選手だからこそ、強い危惧を抱いたに違いない。けれども、そうやってチームを冷静に客観視し、足りない部分を指摘する選手を指揮官が好むとは限らない。結果的に西は“ミシャ・ファミリー”から外れる格好になってしまったのだ。

「2023年夏にクラブを離れることになったとき、当時の社長である三上大勝さん(現ガンバ大阪フットボール本部長)に『このままじゃヤバいですよ』と伝えてから出ていきました。

 その後、外から札幌を見ていましたけど、2024年にJ1で19位になってJ2降格が決まり、ミシャも退任することになった。2025年は鹿島でお世話になった(岩政)大樹さんが監督になりましたけど、思うように結果が出なくて、8月に柴田(慎吾=現トップコーチ)さんが引き継ぐ形になった。J1復帰も叶いませんでしたよね。今はすごく難しい時期にいるなと感じます」

 苦渋の表情を浮かべて語った西。やはり自身が育った愛着のあるクラブには、つねにJ1に在籍して強くあってほしいと思うのも当然のこと。札幌の再建を心から願っているのだ。

「この前も社長の石水創さんと会って話をしましたね。創さんとはサッカーの話ばっかりしてます。僕は先代社長の勲さんとは一緒に釣りをしたことがあるくらいの関係でしたけど、勲さんがどれだけの情熱を持って札幌というチームを作り上げてきたかを彼もよく分かっているし、何とかして守りたいという強い気持ちを持っているのもよく理解しています。

 経営的にも厳しい環境で、いろいろ大変だと思いますけど、いい方向に進んでほしい。チームを離れた自分は遠くから見守るだけになってしまいますけど、よくなってほしいですね」

 切なる思いを吐露した西。現時点で西が札幌に何らかの形で関わる話はないというが、クラブが輩出した数少ない日本代表経験者の1人であることは確か。歯に衣着せぬ物言いのできる男の意見に耳を傾けることも、クラブの発展につながる可能性は少なくないはずだ。

 現役を退いた今、本人は「今の僕は38歳の子ども部屋おじさん」と笑っていたが、札幌には西のような人材を生かす度量があってほしいところだ。

 2026年の札幌は川井健太新監督率いる新体制に移行。J2・J3百年構想リーグを経て、2026-27シーズンでのJ1復帰を目指すことになるが、果たして西が願うような“勝てる集団”へと変貌できるのか。その動向を注視していきたいものである。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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