大腸がんも「神様からまだ使命が」 ラモス瑠偉が再起…息子の挑戦「支えてあげたい」

ラモス瑠偉氏と息子のラモス・ファビアノ氏【写真:森 雅史】
ラモス瑠偉氏と息子のラモス・ファビアノ氏【写真:森 雅史】

ラモス瑠偉氏「神様からまだ使命があると言われている気がする」

 2025年に2回の大手術を乗り越えたラモス瑠偉氏が「CARIOCA FC(カリオカFC)」の発足会見と練習会に元気な姿を見せた。一時は命も危ぶまれた状況から復帰した日本のレジェンドが、愛息の新たな挑戦を支えるために再びピッチへと戻ってきた。

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「CARIOCA FC」は、瑠偉氏の息子であるラモス・ファビアノ氏が監督と代表を兼ね、横浜市に拠点を置く社会人クラブとして新たなスタートを切る。神奈川県3部リーグからの参入を目指すこのクラブは、当面15人程度の規模で活動を開始する予定だ。会見当日に行われた練習会には18人の選手が参加し、寒空の下で熱気あふれるプレーを繰り広げた。

 FC岐阜セカンドの監督を務めた経験も持つファビアノ監督にとって、このクラブの立ち上げには特別な想いがある。最初に語ったのは「父であるラモス瑠偉のサッカーに対する功績を、新しい形でどのように残していけるか」という愛情だった。

 父のプレーヤーとしての実績は歴史に刻まれているが、その精神を継承する場所を自らの手で作りたいと考えたのである。また、「親子で長年一緒にやりたいという夢があった」とも語り、父子二人三脚での再出発に目を輝かせた。

 また、ファビアノ監督は「プロになれなかったけれど、まだサッカーを諦めたくないという子たちのサポートをしたい」と語る。

 クラブの大きな特徴は、選手たちが経済的な不安なくサッカーに打ち込める環境作りにある。業務提携を結ぶ株式会社スラッシュ(佐久間健太代表)は、アスリートが一般企業で働きながら生計を立て、平日の練習時間を確実に確保できる独自のプラットフォームを提供している。

 仕事でのキャリアアップとサッカーでの成長を両立させるこの仕組みにより、選手は「生計の維持」と「夢の追求」の板挟みから解放される。当面の目標を「5年以内に関東リーグ入り」に据えつつも、最終的には「選手として成功させてあげたい。ここからJリーガーを輩出できれば最高」と、育成への強い意欲を見せた。

 ファビアノ監督は、クラブの立ち上げ準備中に父が再び大病で倒れた際を振り返り、「父なら絶対に乗り越えてくれると思っていた。必ずこのチームを成功させなければという気持ちが、より強くなった」と、当時の焦燥と決意をにじませた。

 その瑠偉氏の2025年は壮絶な闘病の連続だった。2月に大腸がんステージ3と診断され、25回の放射線治療と抗がん剤治療を経験。8月には7時間半に及ぶ手術で直腸の大部分を切除し、さらに10月には人工肛門を取り除く2時間半の手術を行った。

 会見後の囲み取材で体調を問われた瑠偉氏は、今の喜びをこう語った。「今はもう『復帰』できるようになりました。昨日も病院へ行って検査したけれど、順調だと言われています」。病を乗り越えたことで、自らの使命はより明確になったという。

「神様からまだ使命があると言われている気がする。がんの後に、脳梗塞の後に……。最後は日本サッカー界に何を残せるか。それがここ(カリオカFC)じゃないかと思っています」。

 そしてファビアノ監督に対してこんな優しい気持ちを静かに語った。

「(ファビアノ監督から)エネルギーもらいますね。すごく。だから早く元気になって、彼(ファビアノ)が今までいろいろ(私を)支えてくれたから、今度は私の番。彼を支えてあげたいなと思って。もちろん佐久間社長もそうですし、彼らが立ち上げたことがうまくいくように、一生懸命やるだけです

 練習会を見守る瑠偉氏の眼差しは、厳しくも温かい。かつて読売クラブ(現・東京ヴェルディ)が体現した「のびのびと、家族のように楽しむサッカー」を、今の若い世代にも伝えたいと考えている。

 瑠偉氏は今の心境をこう締めくくった。「早くピッチに立って力になりたいと思っているんです。まだ夢を諦めてないみんなが来てくれたら、そういう彼らの目標とか夢が実現できるように、ちょっと本当に支えてあげたいな、サポートしてあげたいな。それができたら何よりです」

 病に打ち勝ち、最愛の息子の挑戦を支える。ラモス瑠偉の再起は夢と熱い思いに満ちたものとなった。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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