欧州名将に「衝撃を受けた」 プロ13年→戦術家へ…監督に直談判「1人前に出していい?」

名古屋の黄金期を支えた小川佳純氏、ポステコグルー監督から衝撃を受けた
名古屋グランパスの黄金期を支え、現在は指導者としての道を切り拓く小川佳純氏。2025年度に取得したJFA Proライセンスのため、海外研修の一環でベルギー1部シント=トロイデンVV(STVV)を訪れた。現地で「FOOTBALL ZONE」のインタビューに応じ、13年間のプロ生活で培った勝負師の顔と、引退後に目覚めた戦術家としての顔を見せた。連載の第4回は、ポステコグルーが揺さぶった固定観念。監督・小川佳純の“理論”と“情熱”について。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小杉舞/全5回の4回目)
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2020年、小川氏は大きな大きな決断を下した。プレーしていたアルビレックス新潟で13年間に及ぶプロ生活にピリオドを打った。迎えたキャリアの終焉。だが、小川氏にとっては“喪失感”ではなく、“新たな探求”の幕開けに過ぎなかった。
現役生活の晩年は相次ぐ怪我によってピッチを離れる時間が増えた。その一方で小川自身の視座は一気にピッチの外へ向けられた。ベンチやスタンドから眺める景色は、1人の選手としての視点を超え、構造を捉える指導者の目へと進化。一種、トキメキのような感情に小川氏の表情も生き生きとした。
「指導者の道へ決定的に突き動かしたのは、当時横浜F・マリノスを率いていたアンジェ・ポステコグルー監督のサッカー。サイドバックが中央の位置に絞り、ハイラインを保って相手を圧倒する。それまでの日本サッカー界の常識にはなかった、異質で機能的な戦術に衝撃を受けた。そこから海外サッカーを本格的に研究し始めた。マンチェスター・シティの試合をチェックして『戦術1つでこれほどまでに景色が変わるのか』と感じた。初めて心から戦術というものに触れ、面白いと思った」
現役中は自分のプレーは見返しても、他人の試合や海外サッカーにはほとんど興味を示さなかった。だが一変。“戦術マニア”の顔を見せ始めた。新潟時代の練習試合では、監督とも交渉。「ダブルボランチをアンカー気味にして1人前に出していいですか?」など直談判し、ピッチの構造にこだわりを示した。
「今考えると、監督からしたら本当にめんどくさい選手だったと思います(笑)。でも、自分の中に『もし僕が指揮官なら、こう配置してこう動かすな』というアイデアがためてあって、表現せずにはいられなかった。あの頃にはもう、マインドは100%指導者寄りになっていましたね」
枚方で選手から「何でこんなにシティの映像ばっかり見せるんだ」
運命の歯車が回り出した。2019年11月上旬、当時所属していた新潟から契約満了を告げられた。怪我もあったことから「そろそろ引退かな」と思う反面「オファーがあれば現役を続行したい」と葛藤が続いていた。そんな時、当時関西1部だったFCティアモ枚方から監督就任のオファーが届いた。「監督をやらせてもらえるんだったら……」。異例の引退と監督就任の同時リリース発表を決意した。
「引退後はどういう道に進むか考えていた時。最初は選手としてのオファーだったけど、地域リーグでプレーする気持ちは自分になかった。1月に入って僕がB級ライセンスを受けている間に監督をやらないかとオファーをもらった。自分のやりたかったサッカーがティアモでやれるな、と思って、サイドバックの選手をボランチみたいにしたり、可変をするチャレンジをさせてもらった」
監督としての初仕事。小川がこだわったのは、徹底した「言語化」と「視覚化」だった。ミーティングでは、選手たちにマンチェスター・シティの試合映像を繰り返し見せた。
「最初選手たちは『何でこんなにシティの映像ばっかり見せるんだ』と思っていたらしいんです(笑)。だけど、自分は説明したかった。なぜこのポジションを取る必要があるのか。理由を論理的に説明するようにした。僕自身がプロ1年目にオランダ人のセフ・フェルホーセン監督から教わったように選手に伝えてあげようと。そしたらある選手に『なるほどね』と言ってもらえたんです」
若き指揮官の毎日は、試行錯誤の連続だった。小川自らが動画編集ソフトを使いこなしてミーティング映像を作成。夜な夜な練習メニューを考えた。
「新潟時代の監督だった片渕(浩一郎)さんに連絡して練習メニューのデータをもらったり、新潟のコーチに動画編集のやり方を一から教わったり。1年目にやれるよう勉強しました。とにかく経験。自分の失敗も糧にしながら試行錯誤を繰り返して1年間やりましたね」
小川佳純の描く戦術盤。小川率いるティアモはリーグで優勝を遂げて地域CLも制してJFL昇格を果たした。冷徹な理論だけで構成せず、かつて自分が多くの指導者に救われ、可能性を引き出してもらったことへの“恩返し”を体現したからだった。戦術を語るその熱は、未来を変える確かな力へと変わったのだった。
(FOOTBALL ZONE編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)



















