U-22日本代表で危機感「同世代のライバルが」 決断した退部…自ら伝えた「行きたい」

横浜FMでプレーする関富貫太【写真:徳原隆元】
横浜FMでプレーする関富貫太【写真:徳原隆元】

桐蔭横浜大の関富貫太「マリノスファンではなく、中村俊輔ファンで今も大好き」

 2025年シーズン。残留争いを演じた横浜F・マリノスにおいて、リーグ戦終盤に現れた1人の特別指定選手が重要な働きを見せて残留を手繰り寄せた。桐蔭横浜大2年生の左サイドバック・関富貫太。独占インタビュー最終回となる第4回は横浜FMで学んだことと、前倒しをして2026年シーズンからの加入を決めた理由と憧れの選手について。(取材・文=安藤隆人/全4回の最終回)

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 昨季の横浜FMは一時期、最下位まで転落するなど、苦しいシーズンを過ごした。そのなかでの合流とプレーは簡単なことではなかった。だが、関富は「僕はどっちかというとあんまりプレッシャーを感じすぎずに過ごせた」と口にしたように、チームのために直向きに自分を出すことに集中しつつ、冷静にチームの雰囲気や選手たちの表情、やっている練習の質を見て、「このチームが(J2に)落ちるはずはない」と思っていたという。

「周りの選手のレベルが本当に高いと思いましたし、なかでも天野純選手はギリギリで判断を変えられたり、相手を誘って逆を取ったりするプレーが本当にうまかった。局面での予測だったり、そのなかでの適応力だったり、Jリーグの世界は本当に一瞬の判断が鍵になってくるので、ぎりぎりで判断を変えられないと戦えない。それができる選手が揃っているし、何より日常からプロ意識の高い選手がたくさんいたし、練習の質や集中力も高かったので、『絶対に落ちない』という気持ちを持って戦えたことが大きかったですね」

 桐蔭横浜大でプレーしているときも、直向きにチームのためにプレーする姿が印象的だった。10月7日の関東大学サッカーリーグ1部・東洋大戦、関富はJ1第33節の柏レイソル戦でフル出場をして、中2日でこの試合でもフル出場をした。

「きょうは桐蔭大にとって本当に大事な試合だと思っていたので、『スタメンで行くぞ』と言われたときにはすでに準備はできていました。僕にとってどちらも大事なチームなので」

 異なる環境の2チームを行き来するだけでも大変だが、大学でもプロでも残留争いをするという苦しいシチュエーションの連続。「度胸はあると思います」と口にしたように、関富にはこれまで培ってきたメンタリティーがあった。

「日体柏からレイソルユースに転籍をした経験が本当にいろいろなことを教えてくれました。より厳しい環境のなかでどう生き残るか、試合に出られない苦しい時期に何をするべきか。あの経験があるからこそ、僕は成長できたと思っています」

 全てに意味がある。きちんと地に足をつけながら階段を着実に登っていく関富はさらに大きな決断を下す。内定発表時の2028年シーズンからの加入ではなく、2026年シーズンからの加入を発表した。

「周りからは『まだ早いでしょ』と思われるとは思うのですが、僕は最初から来年(2026年)から勝負したいと思っていました。貴重な経験をさせてもらうなかで、U-22日本代表の活動に呼んでもらえたときに、小杉啓太(フランクフルト)選手や髙橋仁胡(セレッソ大阪)選手などロス五輪を狙う同世代のライバルが海外のプロリーグやJリーグで活躍するなかで、客観的に見ても大学リーグでプレーしている選手より、プロの世界で経験を積んでいる選手の方が選ばれると感じました。

 いろいろな要素が重なって、僕から『行きたい』と伝え、大学の安武享監督をはじめ、大学関係者の皆さんも退部のみ、大学はきちんと卒業するという形で送り出してくれて、マリノスも受け入れてくださった。本当に感謝しかありません。だからこそ、僕はもっとやらないといけないと思っています」

 取材はzoomで行っていた。画面越しから伝わってくる熱い思い。表情はあまり変えないようにしているが、言葉の端々から情熱が滲み出ていた。

 そして、インタビューが始まったときからずっと気になっていることがあった。それは関富の自宅の部屋に飾られている1枚のユニフォームだった。画面越しでは裾の部分しか見えず、ドイツワールドカップのときの日本代表ユニフォームであることは分かったが、誰のかは分からなかった。

 終わり際に聞いてみると、「あ、これですか。これは中村俊輔さんの日本代表ユニフォームです」と教えてくれた。

「僕、大ファンなんです。人生で初のサッカー観戦が7歳のとき、2013年の日産スタジアムのマリノスvs湘南ベルマーレ(J1リーグ開幕戦、3月2日)の試合でした。家が近かったので、お父さんと一緒に観に行ったのですが、そこで中村選手が直接FKを決めたんです。そのゴールが凄まじくて、キック1本でこうファンを魅力してしまうところと同じ左利きだったのもあって、一気にファンになりました」

 このFK、左FKでゴールまで距離があったが、中村は迷わず左足を振り抜くとGKの頭上を破って右サイドネットに突き刺さるというスーパーFKだった。関富少年はこの驚愕の1本を放ったトリコロールのナンバー10にたちまち心を奪われた。それ以降、常にプレーを追いかけ、ジュビロ磐田に移籍をしたときはヤマハスタジアムに、横浜FCに移籍をしたときはニッパツ三ツ沢球技場まで足を運んで試合を観に行った。

 そして奇しくも、最初に好きになった選手が初観戦のときにいたクラブに自分が加入し、そのスタジアムがホームスタジアムになった――。

「中村俊輔ファンで今も大好きです。こうして中村選手が育ったクラブに入ることができて、同じトリコロールのユニフォームを着ることができるのは本当に縁を感じます。来年からはキャンプから自分の良さをどんどん出していって、シーズン頭からスタメンで戦えるようにいい準備していきたいなというふうに思っています」

 様々な縁と努力が絡み合って、たどり着いた舞台。もちろんこれは通過点。より上のステージに行くために、まずはロス五輪出場権をかけたAFC U23アジアカップから関富の2026年は幕を開ける。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

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