J監督の野望「海外で指導してみたい」 福岡で誓う恩返し「選んでよかったと思われるような」

金明輝監督が将来のビジョンについてを明かす【写真:柳瀬心祐】
金明輝監督が将来のビジョンについてを明かす【写真:柳瀬心祐】

在日韓国人としてJリーグで指導者の道を歩む福岡の金明輝監督

 2025年のJ1リーグが終わり、2023・24年に連覇を達成したヴィッセル神戸の吉田孝行監督、経験豊富な名古屋グランパスの長谷川健太監督など複数の指揮官が退くことになった。こうしたなか、リーグ最年少の44歳であるアビスパ福岡の金明輝監督は来季も続投し、高みを追い求めていくことになる。(取材・文=元川悦子/全7回の第7回目)

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「自分と同世代の監督も増えてきていますけど、今のアビスパのようにサポート体制がしっかりできているのは本当に恵まれている。全員が僕のためにいろんな尽力をしてくださり、時間を使ってくださったからこそ、今があるとしみじみ感じています」と本人も神妙な面持ちで言う。

「だからこそ、『金明輝を選んで本当によかった』と思われるような恩返しをするのが僕の責務。タイトル獲得というのは簡単ではないですけど、何か1つ形を残したいという思いは強いですね」と彼は新たな闘志を燃やしている。

 そのうえで、金監督が思い描くのが、1人でも多くのトップレベルの人材を輩出すること。アビスパ福岡は冨安健洋、安藤智哉といった日の丸を背負うプレーヤーを送り出したクラブではあるが、その人数を増やし、世界に名を馳せるクラブになれれば、本当に理想的である。

「今は日本のトップリーグで監督をやらせていますが、今年の安藤のように、1人でも多く日本を代表するような選手をチームから出したいというのが僕の切なる願いです。今の代表は海外組が大半を占めていますが、無名だったJリーグの人材が抜擢されれば、多くの選手の希望になる。森保一監督も『きちんと見ていますよ』というメッセージを示してくれたと思っています。

 FC町田ゼルビアで指導した相馬(勇紀)も9ゴール10アシストという目覚ましい成績を残していますけど、そのくらい頭抜けた存在感を示さないと、日の丸には手が届かない。そういう基準が明確になったことも、我々にとってはプラスだと思います」と成長途上の指揮官は野心を持って選手たちを伸ばしていく覚悟だ。

 そうやって経験を積み重ねていけば、40代の指導者にはさまざまな可能性がある。金監督と同学年で、北海道コンサドーレ札幌の前指揮官・岩政大樹監督も、鹿島アントラーズを離れた後、ベトナムのハノイFCで指揮を執っているし、RB大宮アルディージャの宮沢悠生監督もレッドブル・ザルツブルクで長く育成の指導に携わってからJの舞台にチャレンジしているのだ。

「僕もいずれは日本にとどまらず、海外で指導してみたいという思いはあります。自分は在日韓国人で、韓国語教育も受けていて意思疎通も図れるので、韓国でやってみたいという気持ちもあります。

 セレッソ大阪でタイトルを取った尹晶煥監督のように、韓国人指導者がJリーグで指揮を執ったケースは結構ありますけど、日本人、あるいは日本育ちの韓国人がKリーグで監督を務めた例は皆無なんです。チャンスがあれば、僕はそこにチャレンジしてみたいという夢があります」と金監督は偽らざる胸の内を吐露する。

 Kリーグにおける日本人指導者の需要は年々、高まっているのは確かだ。2000年代後半から2010年代にかけてはフィジカルコーチが活躍の場を広げていった。その筆頭が浦和レッズの池田誠剛・ハイパフォーマンスコーディネーター。かつてJリーグでプレーした韓国代表の洪明甫監督が彼に直々にオファー。2012年ロンドン五輪・2014年ブラジルW杯の韓国代表フィジカルコーチとして実績を積み上げた。これ機に菅野淳氏(現日本サッカー協会・フィジカルフィットネスプロジェクトリーダー)と津越智雄氏(長崎フィジカルアドバイザー)がそれぞれFCソウルと蔚山現代。能力の高さを実証している。

 その後、2024年になって、2022年にヴァンフォーレ甲府で天皇杯を制した吉田達磨監督が大田ハナシチズンの戦術コーチとして加入。今年夏には昨季まで柏レイソルで指揮を執っていた井原正巳監督も水原FCで同じ役割を担うようになった。そういう流れがあるのだから、日本人、もしくは日本育ちの韓国人の監督就任も近い将来、ないとは言い切れないのだ。

「達磨さんとも韓国に行かれる前に話をしましたし、井原さんはかつてアビスパで監督をされていた先輩なので、情報交換をさせていただきました。本人は『頑張ってくる』と言っていましたけど、彼らが監督になる可能性も秘めていると僕は思うんです。それが現実になれば歴史的な出来事になりますね。

 僕は鳥栖で育成を見ていた頃、何度も韓国に遠征しましたけど、当時の韓国人選手たちはサイズ感があるし、大柄かつ動けるというイメージが強かった。センターFW、センターバックに魅力的な人材もいましたね。ただ、中盤のアイディアや創造性は日本の方が上。それに日本人は我慢しながら長い目で指導できますよね。だからこそ、安藤のような遅咲きの選手も出てくるわけですけど、そういう国民性は本当に素晴らしい。自分もこの国で指導者の道を進めたことを有難く思っています」

 在日韓国人として生まれながらも、日本の文化やマインドを大事にし、日本サッカーにリスペクトを持ってここまで歩んできた金監督。こういう人材がどこまで辿り着くかというのは非常に興味深い点だ。

 いずれにしても、まず注目すべきなのは2026年のJ1での戦い。彼の卓越したマネージメントによって、アビスパ福岡が劇的な飛躍を遂げることを期待したいものである。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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