再受講で「痛感させられた」 金監督の危機感…出会った2人に「僕なんかが敵うものは」

福岡の金明輝監督【写真提供:アビスパ福岡】
福岡の金明輝監督【写真提供:アビスパ福岡】

金明輝監督、北嶋秀朗氏と中村憲剛氏との出会い「もっともっと勉強しないと」

 2018年のサガン鳥栖でJリーグ指揮官の一歩を踏み出し、町田ゼルビアのコーチを経て、2025年に3クラブ目となるアビスパ福岡に赴いた金明輝監督。2023年には、JFA公認S級指導者ライセンス(現Proライセンス)を再受講したことは周知の事実である。(取材・文=元川悦子/全7回の第5回目)

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 同年のS級受講者は豪華な顔ぶれだった。2002年日韓ワールドカップ(W杯)メンバーの明神智和氏(ガンバ大阪トップコーチ)、2006年ドイツW杯メンバーの大黒将志氏(奈良クラブ監督)、2010年南アフリカワールドカップに参戦した中村憲剛氏(川崎FRO)、同大会と2014年ブラジルW杯に赴いた内田篤人氏(解説者)など知名度の高い面々も含まれていたのだ。

 S級は1年間という長いスパンで指導を学んでいくため、コミュニケーションを取ったり、ディスカッションする場も多く、お互いを深いところまで理解し合える貴重な機会になる。“S級同期の絆”は深く、ある監督が就任する際には、同期指導者をコーチとして呼ぶケースもいくつか散見される。それだけサッカー人生を大きく左右する講習会なのである。

「あの1年間を振り返ると、一緒に過ごした時間が一番長かったのが、キタジさん(北嶋秀朗=クリアソン新宿監督)。ホテルもずっと同じで、行動をともにすることが多かったんです。

 もともとキタジさんは市立船橋高校時代からのスーパースターで、高校サッカー選手権に2度も優勝していますし、柏レイソルでもJ1タイトルを獲った偉大なフォワード。僕より3つ年上ですけど、本当に尊敬する選手でした。

 そういう先輩が僕より腰を低くして学ぶ姿勢を持っていて、心からサッカーが好きで欧州クラブの試合をメチャクチャ見ているとなれば、僕なんかが敵うものは何もない。本当に謙虚にひたむきに、かつ理論的に指導に向き合おうとしているんだから、『北嶋さん、昔のイメージとは全然違うな』と痛感させられました」

 北嶋監督から大きな刺激を受けた金監督。また、選手時代から“理論派”として知られた中村氏にしても、学ぶべきところが少なくなかったという。

「憲剛さんは常にサッカーを理詰めで考えている人。選手時代も身体能力で勝負していたわけではなかったですけど、教える側になってもそういうキャラクターが出ているのかなと感じました。

 指導実践の場も数多くありましたけど、『ボールを止める蹴る』をテーマにしたセッションだと、やっぱり憲剛さんの前でやるのは緊張しましたね。見守られているだけでも無言の空気で『できてないな』というのを感じた。それを彼がやるときちんとできるんですよね。学びに行く貪欲さももちろんすごかったです。

 トップ選手のキャリアがある指導者が言う言葉にはやはり説得力がある。選手にも伝わるんで、そこは彼らの大きな武器ですよね。自分も元選手ではありましたけど、J1のジェフユナイテッド市原(現千葉)では全く試合に出ていませんし、キャリア的にはそこまでのものはない。だからこそ、もっともっと勉強しないといけないと強く感じました」

 金監督はこう語るように、選手キャリアの乏しい指導者は自分のストロングを磨き上げていかなければいけない。「自分の色をしっかり出せるようにしなければ、この世界では生き残っていくことはできない」という危機感を抱く好機にもなったという。

 1つの参考になるのが、日本代表の森保一監督のスタンスかもしれない。森保監督自身はご存知の通り、代表レジェンドだが、今、目の前にいるメンバーに比べると選手キャリアは下回る。

「選手としての経験値の差は最初から分かっていること。自分が今から選手に戻れて、海外に行けるわけでもないですし、過去は変えることはできません。今の選手たちにはリスペクトしかないです」と森保監督は謙虚な口ぶりで語っていた。そういうなかでも、選手たちに納得してもらい、同じ方向を見て進んでもらうように導いていかなければいけない。実際に難しい仕事を全うして、早いもので8年目に突入しようとしているのだ。

「監督の色を出すことだけでは一方通行になってしまいますし、いいチームは作れない。選手のやる気を促すとか、同じ方向を向いていくというマネジメントの部分も大事だと思います。監督はいいトレーニングをするだけが仕事ではない。選手の気持ちが乗っていなければ、どんなにいいトレーニングをしても、彼らが得られるものは少ない。そこは指導者なら誰でも気を遣う部分ですけど、僕もこれまで以上に細かい部分まで考えを巡らせながら、取り組んでいくべきだと考えています」と金監督。森保監督のように選手に最大級の敬意を払いつつ、寄り添いながら、ともに成長していこうとしている様子だ。

 S級を再受講したことで、さまざまな指導者の考え方に触れ、自分の立ち位置を客観視したのは本当にプラスだったに違いない。北嶋監督や中村氏らとのネットワークを大事にしながら、金監督はこれからも成長を続けていく覚悟だ。(6に続く)

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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