捨てた考え「プロは年俸こそが評価」 強化部の手腕…揃えた「長崎のために戦える選手」

長崎で今期活躍したブラジル人選手たち【写真:徳原隆元】
長崎で今期活躍したブラジル人選手たち【写真:徳原隆元】

長崎のチーム作りで大きな役割を果たした竹村栄哉テクニカルダイレクター

 マテウス・ジェズス、ディエゴ・ピトゥカ、エドゥアルド、エジガル・ジュニオ、フアンマ・デルガド、エメルソン、ガブリエル・チグロン、マルコス・ギリェルメ。2025シーズンに悲願のJ1昇格を果たしたV・ファーレン長崎で主軸を担う豪華外国籍選手たちだ。(取材・文=藤原裕久)

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 そして山口蛍、翁長聖、後藤雅明、新井一耀、澤田崇といったJ1の主力級やJ2屈指の実力者たちと、江川湧清、笠柳翼、松本天夢らルーキーから成長した若手。J1昇格が必須だった今年はスタメンの平均年齢が高めとなったが、長崎の選手は実に多彩でレベルが高い。

 高木琢也監督の采配や、最新設備を揃えたトレーニングルームなど環境面の影響も大きいが、最大の原動力だったのは、間違いなくこの強力な陣容だ。断言してしまうなら、2025シーズンの長崎は、この強力な陣容を生かすことで見事に「個を生かすサッカー」を展開し、監督交代後19戦12勝6分け1敗という戦いぶりで、一時は無理と思われたJ1自動昇格に辿りついた。

 これらの強力な陣容は、親会社であるジャパネットグループ、引いては高田旭人会長の手厚い支援と理解の賜物だが、その実動部分を担い、ここ数年のチーム作りで大きな役割を果たしているのが、トップチーム強化部門の責任者、竹村栄哉テクニカルダイレクター、その人である。

 長崎の強化は総責任者である高田旭人会長、総合的なクラブ運営を担うフットボール本部、そしてクラブ代表取締役である田河毅宜社長らも加わる合議制を基本とする。そこで竹村TDが担当するのは、チーム状況の分析、補強リストの作成、情報収集、交渉、プラン策定などである。

 いわば強化のベース部分を作り、協議で決定した方針に合わせて調整し、最大限の効果が出るように動くキーマンと言っていい。一般的に合議制は時間がかかるものだが長崎の場合、高田旭人会長の即断即決と、竹村TDのフットワークの軽さがそれを補っており、協議・決定のスピードは実に速い。

 そんな竹村の強化に対する考え方は実にシンプルだ。あえて言葉にするならば、「現場が求めるものを最優先とする」「意見が違うときは監督・スタッフ・選手と粘り強く話し合う」「スピード感を持って対応する」「クラブが選手の活躍に期待するように、選手にはクラブへの想いを求める」の4つとなるだろう。

 2023年の年末に急きょ監督に就任した下平隆宏監督の求めに応じて、その直前に契約満了とした秋野央樹(現アビスパ福岡)と再契約を結んだことは、現場優先の1つの例だろう。経験値が高く、リーダーシップを取れるエース級の選手を求めた現場の声に応じ、山口獲得の可能性があると知れば躊躇うことなく全力で動いた点もそれにあたる。

 逆に今夏のピトゥカ獲得に関しては、外国籍であること、合流できたとしても融合の時間が取れないことなどから、現場は諸手を挙げて歓迎していたわけではなかったというが、今のチームに必要と説得を続けて獲得にこぎつけ、J1昇格の大きな力としている。同じく6月に獲得した江川、翁長についてもタイミング的に必要だと感じれば、即断即決に近いスピードで動き長崎入りを実現している。

 これらは竹村TDが構築したネットワークを駆使し、早い段階で様々な動きを把握していたことで成功した例で、遡るなら、マテウスについても竹村TDが早い段階から念頭に置いて構想した選手で、同じく山口の獲得に際しても彼の意向をつかんで、即断即決で交渉に入ったことが大きかった。

 また、長崎は翁長や江川以外にもここ数年、中村慶太、飯尾竜太朗、フアンマら、かつて長崎でプレーしていた選手を獲得しているが、それは実力面だけの評価ではなく、彼らが持つ長崎という街・クラブへの思い入れという点も考慮したものである。そういう選手こそが苦しいときにチームのために頑張れるという確信だ。

 それは決して単なる精神論ではなく、人材・交通インフラ・設備面でハンデのある地方都市のクラブでサッカーに打ち込むには、街とクラブへの理解が欠かせないこと、同時にそういった選手が引退後にクラブスタッフとなることでクラブの地力を高めるという狙いだ。そして、それは竹村TD自身の経験に基づいた理念の1つでもある。

 現役時代、大宮アルディージャ、大分トリニータ、サガン鳥栖など5つのJクラブでプレーし、最後に地域リーグに所属していた長崎に加入してJFLで現役を引退した竹村TDだが、Jクラブでプレーしていた当時、「プロは年俸こそが評価」という考えだったという。

 長崎に加入したのも、他クラブと年俸面で差がなかったためであり、当初はそれ以上の意味を持たなかった。だが、全力を尽くしてJFLに昇格できなかったときも、36歳で現役引退を考えるような故障を負ったときも懸命に支えてくれたチーム、ファン、関係者の存在が大きな転機となった。

「日本に1つくらいこんなクラブがあってもいい」

 この瞬間、サッカーと向き合いながら、年俸こそが評価と言ってはばからなかった選手は、自身で「長崎の竹村」と言うほど、長崎の街とクラブへ全力で向き合うことを決めたのだという。

 事実、竹村TDはその後選手としてクラブのJFL昇格やJFLでの戦いに貢献し、引退後にフロント入り。営業、普及活動、アカデミーの設立や指導をこなしながら、引退直後の2011年からは仕事が終わると、地元社会人チームの三菱重工SCでプレーし、長崎県国体成年男子の監督なども務めて徹底的に長崎へ溶け込んでいった。

 そして、クラブがJ2に参入した2013年から強化部となり、以後は服部順一(現福井ユナイテッド社長)、丹治祥庸(現モンテディオ山形GM)、服部健二(現ファジアーノ岡山GM)らの下で強化のノウハウを学び、事実上、強化全般を担うようになった2017年にJ1昇格を達成し、2018年に名実共に強化責任者に就任。当時獲得した翁長、中村、米田隼也は今も長崎の主力となっている。

 その後、J1降格となった責任を取る形で一度は離れたが、J1を戦うベガルタ仙台で再び強化としての研鑚を積み2022年に長崎へ復帰。以後、その手腕を長崎強化のために振るい続けている。こういった自身の経験が「長崎のために戦える選手」を求める理由であり、そういった選手を増やしていった結果が8年ぶりのJ1昇格なのである。

 2025シーズン、2度目のJ1昇格を達成した長崎は、J1での戦いに向けて強化に余念がない。J1開幕の前にリーグの昇降格がない百年構想リーグがあるが、クラブはそこを「J1への慣らし運転」とは考えておらず、全力で取りにいく方針を考えているという。

 複数のエージェントが「現状の戦力のままでは、選手が大きく成長しなければJ1では苦しい」と言うとおり、J1とJ2のレベル差は大きく、そこへ向けた大型の選手補強は必須である。そこについては、すでに旭人会長がゴーを出し、竹村TDは積極的に動いているという。

 チームのベースとして日本人のトップレベルの獲得を考えているようだが、J1に昇格したばかりの地方クラブがそういった選手を獲得するのは容易いことではない。そのため、日本でプレーする、あるいは海外でプレーする外国籍の可能性も念頭に置きながら動いているという。

 8年ぶりのJ1を達成した長崎だが、ゆっくりと歓喜の余韻を噛みしめている暇はない。即断即決、フットワークの軽さを武器に、必ず「長崎のために戦える選手たち」を揃えてくれることだろう。

(藤原裕久 / Hirohisa Fujihara)



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