突きつけられた現実「一度も僕の名前を」 再出発の福岡で…金明輝監督に訪れた“変化”

福岡の金明輝監督【写真提供:アビスパ福岡】
福岡の金明輝監督【写真提供:アビスパ福岡】

「認めてもらえていないのは自分の責任だと思っていますし、その現実は受け止めて」

「今の時代は指導のアップデートが必要不可欠」というのは昨今、あらゆるスポーツ指導者が口を揃えることである。今の若い世代は声かけ1つでやる気を失ったり、心理的なストレスを抱えたりすることが少なくない。かつてのスパルタ指導は一切、通用しない。指導する側は細心の注意を払う必要があるのだ。(取材・文=元川悦子/全7回の第3回目)

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 それを痛感した1人がアビスパ福岡の金明輝監督だろう。JFA公認S級ライセンス再取得、町田ゼルビアのコーチを経て、今季からJクラブの指導者として再出発したのだから、新たな環境でどのようなアプローチをしていくかが大いに注目されていた。

「世代によって選手の個性は少しずつ違うと感じています。昔は“ヤンチャ”なタイプの選手も多かったですが、今はおとなしいタイプの選手が増えた印象があります。それぞれに良さがあり、今の時代の選手たちならではの魅力を感じています。

 僕自身はもともとパッションを大事にしてきた人間なんで、そのぶん指導にも感情が前に出てしまうことがありました。振り返ると、自分のアプローチに見直すべき点が多々あったと感じています。

 ですけど、今はもっと論理的に説明し、納得してもらうことが大事だと思っています。時代の変化とともにアプローチも変化していくべきで、何がベストなのかを自分自身、監督業から離れた間に真剣に模索しました。町田の黒田剛監督の向き合い方も間近で見て、学ばせていただきましたが、そういった経験を踏まえて今季、アビスパの選手たちと向き合おうとしたんです」

 金監督は福岡に赴く前の心境をこのように明かす。その彼に親身になって寄り添ったのが、柳田伸明強化部長である。強化担当が毎日のトレーニングに帯同するのは当然のことだが、金監督の声かけや立ち振る舞いを1つ1つ細かく確認し、毎練習ごとにフィードバックを行って、丁寧に修正を図っていったというのだ。

「僕の指示について『こういう言い方よりも違った言い回しの方がいいんじゃないか』と意見をくださったり、『この場面では少し言葉が強かったですよね』といった気付きを与えてくれたりと、本当に連日、二人三脚で取り組んでくれたんです。

 柳田さんも言いたくないことは沢山あったと思います。自分の方も『パッションを出さないと僕のよさが出ないよ』と反論したこともありました。そうやって意見交換を繰り返しながら、本当に僕のために、チームのために真摯に向き合ってくれました。そういうサポートがあってこそ、僕はこの1年間を何とか乗り切れた。心から有難く思っています」

 しみじみと語った金監督。そんな地道な努力もあり、成長した選手は少なくなかった。キャプテンのDF奈良竜樹もその1人だという。

「奈良はもともと前任の長谷部(茂利=川崎監督)さんのサッカーを体現するような選手だったと思うんです。今季前半戦は怪我でプレーできなかったんですが、復帰後に強化担当やコーチが『本当に選手寿命が長くなるようなトレーニングが必要だ。強度のある練習を重ねるなかで、うまくなったという実感を持てるようになる』と、私が言いたかったことをうまく伝えてくれたんです。

 それを本人が実践したところ、徐々にコンディションが向上し、代えの利かない働きを見せるようになった。そういう前向きな変化があったとキャプテン本人が話していたというのを聞いて、少し嬉しく感じました」

 指導というのは自分1人だけでできることではなく、強化・現場スタッフの力を借りながらチームで進められること。今季はその重要性を再認識する好機になったとも言っていいだろう。

 金監督を支えたのは、もちろん現場関係者だけではなかった。川森敬史会長、結城耕造社長らフロントスタッフ、地元経済界を中心とした支援組織「アビスパ・グローバル・アソシエイツ(AGA)」の関係者も背中を押してくれたという。

「監督に就任して最初にAGAに挨拶に伺ったんですが、全員が本当に温かく迎えてくれて、『過去は変えられないから、未来を変えるために自分たちもできる限り協力します』と声をかけていただいた。“チーム・アビスパ福岡”として、1年間、全力で支えてくれました。

 ただ、1つ残念だったのは、本拠地のベスト電器スタジアムに集まったサポーターに一度も僕の名前をコールしてもらえなかったこと。今季の結果を考えれば、認めてもらえていないのは自分の責任だと思っていますし、その現実は受け止めています。

 ただ、正直なところ、寂しさはあります。

『彼らを笑顔にさせたい』『地域を盛り上げたい』という思いは僕自身、誰よりも強く持っていますし、『負けないぞ』という反骨心もありましたけど、それだけの結果を出せていないのは事実。そこは来季に向けての宿題ですね」

 神妙な面持ちで語った金監督。就任2年目となる来季、福岡が快進撃を見せ、ベススタのファン・サポーターが金明輝監督の名前をコールする様子が見られるのか。その日を心待ちにしたいものである。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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